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オーストリア・ワイン紀行 前編 Niederösterreich

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オーストリアワインの大半は、Donau(ドナウ)河の恩恵を受けて生まれる。

 パリのあるレストランで、コミとして働いていた時の事だ。シェフ・ソムリエが、私にあるワインを勧めてくれた。長細いエティケットの異国風のワインで、これはオーストリアのワインなのだとすぐに分かった。しかしエティケットに書いてある、Österreichなるドイツ語が読めなくて、彼に訪ねた。「これはオスターレイクという名の造り手なのですか?」 彼は呆れたように私を見て、これはオーストリアと書いてあるのだよ、と教えてくれた。Österreichは、エースター・ライヒとドイツ風には読み、日本語に直訳すれば「東の国」、「東方領主」という意味になる。この国は中世の時代に、神聖ローマ帝国の連邦国家の一つであり、その中でも最も東方の領主国であったからに他ならない。現在のドイツの人々と人種的・文化的にほとんど違いはない。オーストリアの東隣の国がハンガリーで、人種的・文化的に全く異なっている点を鑑みれば、この国はドイツ圏の東端なのであるという事が理解される。旅先であったオーストリア人は皆、「ドイツ人と私たちは兄弟」と語っていた。二つの大戦が無ければ、ドイツと合併していてもおかしくなかったかもしれない。しかしながら、ドイツとオーストリアはやはり似て非なる個性があり、その違いは、ワインの中でも顕われている。

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 新鮮な果実味と、ピュアな酸味をもった繊細なオーストリア・ワインが好きだ。この国のワインには、凛とした個性がある。ドイツのように、厳しく極端すぎず、アルザスのように重くない。より優しく、親しみ易い味わいがある。それを単調と言ってしまうのはた易いのであるが、ある種の滋味に富んだ、個性のある味わいの余韻をいつも感じることができる。
 オーストリアのワインを考察する上で、最も重要なことは、オーストリアワインにはフランスワインのような枠組みがあると安直に考えてはいけないことである。この国にはワインの線引きに対する二つの制度法の葛藤がある。ワインの糖度・アルコールによるゲルマン的なワインの品質定義に、地方の個性を重んじるラテン的な定義がそこに交差する。オーストリアでは昔から、もちろんドイツ的なワインの品質の枠組みがされてきた。すなわち、葡萄の熟度に従って、ワインの品質を6段階にわけ、異なった葡萄品種を明記するシステムである(spätrese)。それに対して、テロワールごとのワインを記したDAC〜フランスのAOCのような〜が成立したのは2002年からに過ぎない。DACは Districtus Austriae Controllatusの略であり、その名称自体がラテン語である。新しい概念である、DACは未だにこの国には浸透しても、機能してもいない。その良い例が、昔から良品質のワインを生み出すことで知られる、オーストリアきっての名産地、Niderösterreich(ニーダー・エースター・ライヒ)州のWachau(ヴァッハウ)が DACの中に入っていない事からも理解される。Wachauワインは、愛好家の認めるオーストリア最良の産地ではなかったのか? Wachauの優良生産者はこぞって、「DAC」に対して懐疑的である。この一例からもわかるように、この法律は消費者にとって、ワイン品質の明瞭さを示してはくれない。「DAC」イコール「美味しい」ではなく、単なる政治的な線引きでしかないのだ。

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オーストリア全図

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    Niederösterreichの産地




 今回、念願かなって、オーストリアの産地を訪問する機会を得た。私が今回訪ねた産地は 8つ。おおまかに大別すると三つの産地に赴いた。Krems an der Donauを中心として周囲に広がる、Niederösterreich州西部、Neuisedl湖の周囲からDonau河下流までのBurgenland州北部、そして首都Wienの周りに点在するWienの葡萄産地。これらの地方の特徴をそのまま、現時点で特定つける作業を行なうのは、容易ではない。しかし、前後二回にわけて、これらの産地のワイン・ワイナリーの今を追ってみたい。



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オーストリアはホイリゲの国。「ホイリゲは地方の郷土料理屋で、冷たい食べ物を供し、さらに、彼ら自身のワイン・葡萄ジュースを提供する場所。他の造り手のワインはない。色々なワインが楽しめるのはヴィノテークで、これは他の国の文化である








オーストリア・ワイン紀行 前編 Niederösterreich


 オーストリアのワイン産地の総面積は、43615ha(2012年度統計)である。その中でも最も重要な地方にして最大の産地が、Niderösterreich州(26047ha)である。「下オーストリア州」とでも訳すべきこの地方には、8つの主要な産地がある。その中でも私が訪れたのは、Wien(ウィーン)から北西約50kmの、Krems an der Donau(クレムス・アン・デア・ドナウ、以下Krems)を中心に広がる4つの産地である。Kremsは、オーストリア・ワイン産業の中心地として最も重要な街であり、フランスにおけるBeauneやSt-Emilionに比せられる。大体が、Beauneの姉妹都市でもある。この村の周りにはそれぞれ、Wachau(ヴァッハウ),Kremstal(クレムスタール),Kamptal(カンプタール),Traisental(トライゼンタール),そしてWagram(ヴァグラム)の五つの産地が隣接している。これら全部を合わせてもフランス・アルザスよりも小さい。そして、この周りに点在する産地の気候・土壌・風土は非常に似通っているために、一つの地方と定義した方が、わかりやすいと感じる。小さな地方として細分化するほど、強固な個性があるとは思えない。今回の訪問では、Wagram以外の産地を周り、それぞれの代表的生産者を訪れることができた。



Kremstal(クレムスタール) 2505ha

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Kremsの街。ドナウ河の向こうには、修道院も見える。

 中心都市 Kremsのすぐ周囲にその広がるKremstalは、最も理解しにくい産地である。Kremstalは、Donau河に注ぐ支流の一つ、Krems河のつくる扇状地に広がった産地である。しかし、規模があまりにも広く、さらにDonau河対岸の地までを含むためにそのテロワールの性質は一様ではない。例えば、Donau河左岸のKrems an der Donau市の周囲の葡萄畑は、原生岩の絶壁に畑がテラス状に植えられているのに対し、右岸は丘というよりは平地で、レスの荒野が広がっている。第一、北東部はKamptalに近く、北西部のテラスはほとんどWachauと同じ畑の継続であり、Kremstalらしい個性を求めるのは非常に困難を極める。
 それにしても、この産地の歴史は非常に古いといえる。もうほとんどの生産者は、インターナショナルなGuyot剪定を行なっているが、かつてこの地で Lenz Moser剪定法という新しい剪定法が広がったことでも有名である。オーストリア・ワイン史にとって避けて通れない場所である。

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     もうほとんどの畑では採用していないが、Lenz Moser剪定の畑も存在。写真はKrems南部の畑。




Weingut Nigl(ニグル) - Senftenberg -

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   Niglの畑。丁度剪定中だった。ダブル・ギュイヨで、一本の長梢に4つの芽のみという少なさ。

Krems市の北、Krems河の上流へと向かう。河の流れをジグザクと5kmばかり登ると、Senftenbergという中世の街に辿り着く。ウェーブを走らせた河の谷間の断崖絶壁に雄々しくも聳えるお城がある。最も今は廃墟となって、当時の見る影もない。しかし最上階まで上がり、テラスから眼下を眺めた時、風景は中世へとタイムスリップする。当時の町並みがどのように形作られていたのかを一望にできる。河の形に沿って、一本道が走り、その道に合わせるようにして向かい合わせの家々が城下町を形成している。家と家が隣り合わせで、各家の裏庭があり、かつてはそれぞれの人家には付属した畑があったのだろう。城主は、ここから小作人たちの生活を観察していたのだ。その断崖の谷にはところ狭しと葡萄畑が並ぶ。片麻岩と白花崗岩の混じった、急斜面は、原生岩のある土地ならではの光景だ。こういった産地に Rieslingが相応しいのであるということは、ワインを飲まずともわかる。Senftebergの廃城直下にワイナリーを構えたWeingut Niglは、硬質のミネラルのRieslingで名高い造り手であり、Kremstalでも最上の生産者であると目されている。ワインの味わいはドライで、ミネラリー、特にプライヴェート・キュヴェの Privatの持つ芯の強さは群を抜いている。Kremstalでも色々な土地があるが、これだけ純粋に原生岩に葡萄を植えられるテロワールはここと、Krems周辺、Stein周辺のみに限られている。どんな志高い生産者でも、それに見合った実りを約束してくれる場所あってのワインなのだと理解できる光景であった。

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自然酵母のみ使用。MLFは行なわない。白はステンレスタンクのみで、上級キュヴェのみ、一ヶ月間のフードル熟成を行なう。赤はフードル熟成。

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   城下町を見下ろす。







Kamptal (カンプタール) 3637ha

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後方の Heiligensteinの丘にはRieslingが、前方の Lammの畑にはGruner Veltlinerが適する。両者とも、オーストリアを代表する偉大な畑。

Kamptalは Donau河に向かって流れるKamp河を挟んだ扇状の丘陵に広がるワイン産地である。オーストリアの中でも比較的、広大な葡萄畑を持ち、古来より銘醸地としての名声を得て来た。古生代の火山岩まじりの砂岩と、レスとローム土の混じったこの地の土壌は、Grüner VeltlinerとRieslngを育てるのに最も相応しい土壌であるとされ、この二つの品種を使ったワインは、2008年より DACに昇格することになった。ライヴァルであるWachauがともすれば頑固で、保守的であるのとは異なり、非常に意欲的な産地で、若い生産者がどんどんと新しい事に挑戦する風土がここには見られる。Kremstalほど土壌に多彩さがないにも関わらず、色々な種類のワインが次々と生まれているという格好だ。



Weingut Bründelmeyer(ブルンデルマイヤー) - Langenlois -

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Bründelmeyerで特筆すべきがこのLyre式剪定方法。現当主 Willy BründelmeyerがBordeauxで学び取り入れたという。葉の光合成を効率的にし、葡萄の完熟を助けるという。

 一流の企業というものに共通するものがある。それは、どんな事態にも柔軟に対応できる度量があるということだ。Bründelmeyerという素晴らしいワイナリーについては勿論、良く知っていた。オーストリアを代表する造り手とフランスにおいてもそれなりの知名度はあり、試飲機会も何度かあった。そして、このワイナリーのあるLangenloisに赴いた時、このワイナリーに足を運ぶのは必然的ではあった。そして、アポイントもとらずにやってきたにも関わらず、私を歓迎して非常に丁寧に案内してくれた。元フランス語教師であった、広報担当のThomas Klinger氏が、流暢なフランス語で案内してくれたのも良かった。60haの自社畑の内、社員が50人もいるというBründelmeyerという大企業の、懐の深さ、層の厚さを感じた。
 このワイナリーを特徴つけるのが、Heiligenstein(ハイリゲンシュタイン)という素晴らしいこの地随一の区画を12haも所有しているということである。ある生産者が最良の区画を独占的に保持するという事は、その土地の最高の表現力を生み出す可能性をもっているということである。こういう造り手は、最上の畑の中でも最良のロットを選択・選別して、何種類もキュヴェを生む事ができる。それは、アルザスにおけるDomaine Weinbachが、Schlossbergの最良の区画を所有するのと、ちょうど同じ理由であり、このワイナリー自体の質を高めることに貢献している。「Heiligensteinはこの地でも最も素晴らしいワインを生む地とされています。Heligensteinはペルム紀の火山性の砂岩。砂岩が地中に潜らずに上部に残った土壌で、Rieslingに相応しい場所なのです」。幾重にも連なるテラス状の丘に案内された時に、世界中の特別な畑にしかない、ある霊性を感じた。この畑こそが、オーストリアにおける Montrachetなのですね、とKlinger氏に問うと、「そうだね、少なくとも私たちにとっては、この畑こそが、オーストリアでも最も偉大な畑であると信じている」と答えてくれた。


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近代的な設備。巨大な企業だからこその安定感。

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Schloss Gobelsburg(シュロス・ゴベルスブルグ) - Gobelsburg -


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 Gobelsburgに立つ、清楚な城がある。Kamptal 全体を統括した領主の城で、長らく修道僧の管理下にあった。このワイナリーのエティケットは、お城を正面、少し上空から眺めたエティケットがある。このエティケットを眺めると、城中庭の窓に女性の姿が映っているのをご存知だろうか? ミステリアスな表情で、こちらを眺める女性。以前からこれを見る度に、生産者にこの女性を誰なのか、と聞きたかった。そして半ば予想していたが、やはり案の状、ワインメーカーの奥さんを象ったものであった。お城に自分の奥さんを配するなど、なかなかロマンティックな生産者であるが、その人、Michael Moosbruggerはその日は、日本に出張して不在であった。なるほど、日本はなかなか重要な取引先であるようである。1996年よりシトー派修道士から委託され、このワイナリーの責任者となってより、彼の精力的なワイン造りは高く評価され続けている。さらに彼は、Österreichishen Traditionsweingüterというグループの現会長でもある。1990年に、Kamptal,Kremlstal,Traisental,Wagramの品質重視の造り手によって発足したこのグループは、この地方の最良の畑・区画を共同で試飲して、品質基準を確かめあうという努力を続けている。数百年前に古き修道会が行なって来た、最良のパーセル探求の意志を継ぐグループであると感じる。〜年に完成した独自の一級格付けの畑(Erste Lagen)は、KamptalからTraisentalにおけるラテン的な一つのワイン品質基準の到達点であると感じる。


 ワインは薄く滋味に富んだ作風で、フレッシュでクリーン、仰々しい果実味ではなく、ミネラルの味わいを重視した、優しい味わい持つ。



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 この造り手のものはBründelmeyerと共に、フランスでも比較的知られた造り手。事実、Bründermeyerとはパートナーでありライバルでもあるのだ。





Weingut Loimer(ロイマー) - Langenlois -

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 「甲虫の山」を意味する LangenloisのErste Lagen(一級畑)、Käferbergの東側に、偉容な黒塗りの建物がある。見晴らしの良い場所に建てられた芸術家のアトリエといった格好。これこそ、70haもの畑を所有する Fred Loimerのワイナリーである。趣味の延長といった観が強い。ドイツもそうだったが、ここオーストリアは大変お洒落なワイナリーが多い。Oberloiben村のF.X.Pichler(ピヒラー)や、Furth村のMalat(マラート)など、小さな村の中にポツンと独り立つ、近未来風の建物は、なんとも時代錯誤な印象を受ける。社員25人、収穫は手摘み、3機のプレス、重力システム完備の地上階があるかと思えば、葡萄畑地下に広がっている、レス土のレンガで作られた貯蔵用カーヴは、18世紀の昔に建設されたものであるという。近年はビオディナミを採用し、スローフード運動の活動も盛ん、と非常に先取性に富む。どこか違う国のワイナリーでも、同じような話があったような、とこんな辺境にも、ボルドーやナパと比べても遜色のないような設備があるのかと目を見張らせるわけだ。Kamptalのワインにのみ空き足らずWien南部のThermenregion(テルメンレギオン)地区のGumpoldskirchen(グルンシュポキルヒェン)においてもワイン造りを展開。この未だ知られざるテロワールの可能性を模索中である。「すべてのエチケットの裏にボトル詰めした日付をいれています。それから、どこの国にどのワインを売ったのかを判断するためです」と言うような細かな配慮は、何よりもこの造り手が世界中に売られるようになったからであろう。このように短期間の急激な業務拡大・国際的成功は、ライヴァルの造り手たちから、あまり快く思われていない風でもあり、さらにこのような造り手の作るワインは、やや画一的になるものでもある。しかしながら、大量に高品質のものを、さらにコストに見合ったワインを生産する良生産者として、オーストリア・ワイン界に果たした貢献度は高い。

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古いカーヴ。ところで、瓶詰め用の機械は高すぎるので、他の3つの生産者と共同出資して、移動できるタイプのもの使っているというのがユニーク。

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     Loimerのカーヴにはさまざまな芸術的オブジェが飾られている。





Wachau(ヴァッハウ) 1295ha

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      「LoibenとSpilzでもすでに気候が違って、Spilzの方がすでに一度も寒い」


 Wachauはオーストリアで、最も有名なワイン産地である。Kremsの街から 5kmばかり西に赴くと、くねったドナウ河沿いの切り立った崖に広大な葡萄畑が広がるのに目を見張る。どこかドイツのMoselやRhône渓谷、ポルトガルのDouro渓谷に似た曲がりくねった谷間を形成している。そして例にもれず、このような産地の土壌は原生岩が主体である。同じ原生岩でも、北方のLoibenは片麻岩主体、中間のWeissenkirchen上部はミカシスト、そして Spitzは Paragneiss土壌と複雑である。そこにレス土壌が混じる。Wachauのワインメーカーは家族経営がほとんどを占める。巨大なメーカーはDomane Wachau位で、あとは15ha前後の畑を持つ小ワイナリーが細々とワインをつくっている。
 この地は古くから独自性の強い地区であり、冒頭でも記したように、DAC法に真っ向から反対の立場をとり、生産者たちも「DACになることは決してないだろう」と言い切っている。DACが、ラテン的な概念であると捉えるならば、Wachauの独自性は、ゲルマン的であると言える。Wachauは昔から独自の等級を設けている。この地方のほとんどの生産者が加入している Vinea Wachau Nobilis Districtusというワイン団体が、独自のワインの品質基準を設けているのだ。純粋糖度(KMWという測定法)、アルコール濃度の高さに従って、Steinfeder(シュタインフェーダー),Felderspiel(フェーダーシュピール), Smaragd(スマラクト)というカテゴリーに分類される。最上のSmaragdを名乗る為には、アルコールが12%を越えなくてはならない。さらに、この格付け名称を用いるためには、各ワイナリーは、Wachauにその大半の畑を所有しなくてはならない、など、独自のブランド価値の保護を図っている。

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      この不思議な形状の羽毛は Steinfederというこの地に生える植物の名前。その他のFederspielは鷹狩りの際に鷹を呼び戻すための道具の名称、Smaragdは、この地に棲息するエメラルド色のトカゲの名称からそれぞれ、ワイン法のカテゴリーが分類される。









Weingut Nikolaihof(ニコライホーフ)

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ワイナリーの中は、菩提樹の木があって、そこで夏には110人収容可能のホイリゲを開く


 かつてローマ人が北方のゲルマン民族と争っていた時代に、境界線をドナウ河までとし、そしてこの地、Mauternに城塞を築いた。その名残は今日にも残って同じく、Krems周辺に橋があるのはここともう一カ所のみである。この地の左岸と右岸を渡るための橋は余りにも少ない。つまるところ、MauternはDonau河を挟んだ流通の最重要地点の一つであるわけである。NikolaihofはこのMauternに位置し、オーストリアで最も古い歴史を持っている。だからこそ、このワイナリーの所有するカーヴは今から約2000年前に、ローマ人に建設されたと言い、国内最古のものである。中世ではカトリック系の修道会の所有物となり、こちらも文献上では最古の畑を所有するに至った。
 さらにオーストリアのビオディナミストとして、切っても離せない造り手でもある。ビオディナミの創始者、Rudolf Steiner(ルドルフ・シュタイナー)を生んだオーストリアにあるが、不思議な事にビオディナミの生産者は以外と少ない。大体がトラクターの入らない、切り立って急斜面の多いNiederosterreichの産地において、有機農法を実践することは困難を極める。しかし、Wachau最東南部のDonau右岸のセクターは斜面が少なく、なだらかな平地が多かった。そんな地理的条件を背景に、この造り手は1971年からビオディナミを採用した。ビオディナミを推進して止まない、Christine Saahsという情熱的なマダムは、フランスはAnne-Claude Leflaiveや、Lalou Bize-Leroyに比せられるかのようだ。「ワインは精神と肉体、魂に良い薬のような飲みもの」、「正しく造られた白ワインは健康に良い」という信念のもと、ワイン造りはあくまでナチュラル。合成酵母、除草剤、防病剤、防カビ剤、殺虫剤を廃止し、2005年からは、300年前に使っていた2トンもの木製プレスを再使用しはじめた。
 
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      木製プレス。大人数人がかりでもちあげないと動かないという。

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      白ワインのみのこの造り手の醸造はすべて大樽使用。「高レベルの衛生的な葡萄が、酸化防止に寄与するので、木製の樽での醸造にも耐えるのです」という。ところで、大樽に掘られた意匠は、ChristineとNikolausの娘たちと息子が生まれた時に掘られたもの。非常に美しい。




Weingut Knoll(クノール)


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      Knoll夫人

 一度見たら忘れられないワイン・エティケットというのが時々ある。オーストリアは、Wachauの造り手、Knollのエティケットも中々忘れ難い。この地方のワインの聖人、Saint Urban(聖ウルバン1世)を象ったこのエティケットは、力強く、雄々しく、脳裏に直撃するようなインパクトがある。この造り手のつくる、荘厳で、エレガントなイメージを上手く反映している。Wachau出身で、この地の自然を描いた画家、Sigfried Stoitzner(ジークフリード・ストイナー)が描いた絵は、この造り手の雰囲気とマッチしている。少しも興行的な感じを受けず、それもそのはず、この造り手は、家族経営で成り立っている。家族の5人(夫、妻、弟、妹2人)がフルタイムで働き、季節ごとに人を雇うというスタイル。夫がカーヴ、弟が畑で働く。さらにワイナリーのすぐ横には奥様のご両親の経営しているホイリゲがあり、Knollのワインが飲める。まさしくオーストリアのワイン農家の典型的生産者の姿がそこにある。そしてそれでいて、オーストリア随一のワインの生産者でもあるのだ。Bourgogneや Barolo的な精神を感じないだろうか。
 その作風は、非常に濃密で強く、堅牢。高濃度で、酸をほとんど感じさせない深い味わいのGruner Smaragd、繊細さと強さが同居したRiesling Smaragdはいずれもこの地の代表的ワインといえる。そして、Vinea Wachauの品質基準をすら無視した、過熟した葡萄のみを用いて生み出した Vinothekfüllungの味わいと複雑さには圧倒される。
      
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Loiben村の畑図。




Weingut Alzinger(アルツィンガー)

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      Leo Alzinger ジュニア。父と同じ名前を継いだ。終始笑顔を絶やさない

Knollのすぐ横に構えたこの造り手は、やはりUnterloiben(ウンターロイベン)を代表する造り手の一人である。クリーンでソフト、ミネラリーなワインの作風は、現在のオーストリアの新しいワイン・モードを反映しているかのようだ。バレルサンプルによる2012年もののワインの試飲して気付かされたことは、繊細でか細いワイン、つまりMeursaultにおけるDomaine Roulotのようなワインを志向したスタイルである。軽やかだが、決して弱いワインではない。この少し硬く、長い熟成を可能にできるワインは、優しい空気圧プレスとステンレスタンク、さらにアカシア大樽を使った丁寧なエージングがあってこそ生まれてくるものである。白眉はKremstalとの境界にあたる、冷涼なテロワールのSteinertal。この地で生まれるGrunerとRieslingはそれぞれ、か細い繊細さとエレガントさもっている。

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      Wachauの畑のほとんどは、灌漑ホースが通っている。これは、この地方の年間降雨量の低さを物語っている。



Traisental(トライゼンタール) 722ha

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 Traisentalは北部の Wachauや Kamptalと比べて、地質が随分異なっている。前者とは全く異なった石灰含有分に富んだチョークの多い礫岩地質で、レスが加わる。あれほど、石灰質土壌を探してヨーロッパ中を回ったシトー修道会も、ここにはあまり惹かれなかったのか、前者に比べてそれほどワインの評価は芳しくない。この地は葡萄専業農家だけでなく、かつては広大な酪農地でもあった。かつては「オーストリア全土に牛乳を送っていた」ほどであった。さらに50年代にはオーストリア初であるという、巨大なワイン協同組合が生まれた。それは、Traisentalのもつアイデンティティーを、すべて覆い隠してしまうことになった。しかし、である。これほど石灰岩の混じったテロワールにもっと可能性がないはずがない。地質の研究が進んだ今日、この地方の高いポテンシャルが次第に明らかになりつつある。事実、新しい時代の造り手たちが少しずつ顕われてきている。



Weingut Neumeyer(ノイメイヤー)

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 「一昔前は、石灰とチョークが多すぎて仕事にならない位だった。だから、10-15年前に60台もののトラックを使って、土を運んで、石ころを埋めた。そうじゃないとまともに働けない。葡萄が育たない」とはLudvig Neumeyerに畑を案内してもらった時に彼はそう語った。一見、寡黙な印象のLudvigも、ワインに関しては非常に雄弁で、確かな知識と経験を持っているのだ。Traisentalの代表的生産者とである彼は、その情熱と確かなワインメーキングによって、このマイナーな、過小評価されがちなこのTraisentalのポテンシャルの高さを世に知らしめた。訪問の日にも、「午後には ウィーンの高級ホテル、 Hôtel Sacherに輸送しなくてはならないんだ」と言っていたし、「BrundelmeyerやKnollとはよくワインを試飲しあっている」と言う風に、優良な造り手との意見交換も盛んであるようだ。
 Traisentalは、Gruner Veltlinerに相応しい土壌であると言えるが、彼が熱意を注ぐのはRieslingで、全生産量の半分以上を占める。「Gruner Veltlinerは熟し易く、とても飲み易く、わかりやすいワインになる。ミドルボディで、スパイシー、高いアルコール。それに対してRieslingは熟すのが難しく、収穫はしばしば10月に行なわれる。ヘルシーさが求められるから、風通しの良い場所に植えているんだ。本当に良く作られたRieslingは、透明感があって、深みを持ち、長く熟成させることができるワインになるんだ」と彼は語った。


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もともと貴腐がつきにくい地区である。「この地方では辛口ワインを造るのが普通で、甘口も貴腐がつくものよりも、遥かにアイスワインの方が多い」。



Weingut Huber(フーバー)

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 世界中どこでもそうなのであるのだが、新しく注目されるようになりつつある若手の造り手たちには、ある種の葛藤があるようだ。そして、彼らの多くには、その葛藤を克服していく強靭な精神力を垣間見れる。Markus Huber の家は、オーストリア最大大手の共同組合 Weintzer Kremsに葡萄を売る、小さな農家であった。葡萄を育て、協同組合に卸して、見返りとしてワインを得て、そのワインを自らのホイリゲで売る。そうした安定した生活を捨て、自らのアイデンティティーを示すワインメーカーへと変わることを決めたのは、彼が南アフリカで研修を経たのち、世界各地の生産地を回ったからである。2000年からワイナリーのオーナーとして一人だちした彼は、独自に瓶詰めを行なう事を決意する。そして彼はまだ若いのに、もはや、この地区を代表する造り手へと成長したのである。
 その日は、Markusはアメリカに出張なのだというが、短い時間のみの訪問を快諾してくれた。彼はLudvig Neumeyerのように寡黙なのだが、ワインについても自分の意見を大胆に述べないところが違う。終始、こちらの質問を厳かに聞き、的確に答えてくれた。オーストリアワインは、十分に熟成に耐えるポテンシャルを持つ産地であるにも関わらず、「ホイリゲ文化のオーストリア・マーケットに問題」があるためにワインは若飲みされてしまうという現状を嘆いていた。DAC法については好意的で、「ワインがどこで生まれ、どこで生産されるのかが、定義されるからだ」と若者らしい意見。テロワールに反映した味わいを求めるという彼の言葉通り、彼のワインはクリーンで、クリスピーである。


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「まだ中国マーケットは重要ではない。オーストラリア、アメリカ、日本、ドイツ。ドイツ人にはGrüner Veltlinerが売れる」。ところで、オーストリアといえば、スクリューキャップをいち早く採用した国としてのイメージが強い。さらに、ガラスキャップのような新しく美しい栓を使う造り手もいる。しかしながら、実際のところ、スクリューキャップを使用するのは低価格ワインに限られ、高価なものにはコルクを使うようである。やはり、スクリューキャップでは熟成に耐えないのが実情であるようである。ガラスキャップに至っては、なかなか酸化防止の役には立っているようだが、如何せん、コストがかかりすぎるということである(高級コルクと同じ値段)。さらにスクリューキャップだと、嫌気性であるために、抜栓してすぐには果実味に乏しくて美味しくないことが多いという問題も生じる。







ヴィンテージ情報


オーストリアワインについての公式ホームページと、今回の取材した造り手の情報から、ヴィンテージ情報をかいつまんで記してみた。

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Kremsの南にあるGöttweg(ゲットヴェイグ)修道院は、中世に最も重要な信仰の場でもあった。


'12は暑い年。春に霜のダメージがあり、収穫量減少のスタート。夏は雨の期間を経て、収穫期の乾燥した天候に転じ、衛生状態は概ね良かった。ワインは総じて、力強く濃縮している。10月後半に寒波が押し寄せたが、それまでに大半の収穫は終了していた。繊細な白ワイン、貴腐ワイン。そして素晴らしい品質となった赤ワイン。収量は少し落ちたものの、良い品質が得られた年となった。
'11は'12に似ているがより乾燥した年。品質はすばらしい。風が吹いてヘルシーでもあった。イリゲーション・システムのある土地は、比較的素晴らしい収穫、Traisentalのように、そうでない地方は、収穫を急がざるをえず、収穫量が下がった。GVの酸味は少なく、タンニンが高い。フルボディな白、ゴージャスな赤、貴腐ワインは少量。
'10は涼しい年。7月は暑かったものの、8月から天候は崩れた。Kamptalでは、ボトリティスが発生して、収穫量は減った。「ボトリティスを入れて、収量を得るか、捨てるか。迷わず、自分たちのスタイルを守るために収量を減らした」とBründelmeyer。Traisentalはグッド・ヴィンテージ。
'09はとても暑い年。乾燥した初春、開花期の雨(収穫量減)、そして非常に暑い夏。酸味は丸い。すべてのクラスのワインにとって非常に良いヴィンテージと評価されるが、雨が適度に降ったので、ビオロジーを行なう者にとっては難しい年。
'08は涼しく、非常に難しい年であった(全域にわたる雹と雨、霧)。6月の開花以降、天候が崩れ、ベト病が蔓延した。9月、10月も湿気がちで、ボトリティスが多くついた。収量は減った。
'07 冷涼な3月、温暖な4月、早い発芽。春に雹が降り、KremsとThermenregionに被害があった。7月は非常に暑く、乾燥して、。収穫前の9月は雨がちで、収穫期が二つに分断された。ウィーン地区は傑出した出来。
'06 コロコロ変化の激しい天候。寒い春、猛暑の7月、涼しい8月、そして収穫期の9-10月の素晴らしい天候。バランス良く、美しく高い酸味を獲得できた。ミルランダージュが多いので収穫量は少ないものの、葡萄は濃縮した。 ニーダーエスタライヒ地区では、「世紀のヴィンテージ」とまで言われるほど良好。他の地域も、素晴らしい品質の葡萄がとれたと報告されている。
'05 変わり易い天候、難しい年。涼しい天候、遅い開花。夏も雨が続き、10月3日からの晴天が葡萄の熟度を助けた。エレガントな白(Rieslingに期待できる)。濃縮して力強く、偉大な甘口ワインが生まれた。
'04 涼しい春、遅いスタート。7月まで冷涼な気候。8月から素晴らしい天候に変わった。収穫前に雨が降り、10月大半は雨。貴腐ワインにとても理想的な天候となった。平年とは逆説的に赤ワインの品質は高く、エレガントで複雑味に富む。
'03 非常に暑い夏。ほとんど雨がなかった。収穫はとても早い。
'02 乾燥した春、雷雨を挟んだ暖かい夏。8月の降雨でKrems周辺地方の畑に被害があった。WeinfiatelとTermenregionは秀逸。Burgenlandの赤ワインも素晴らしい。貴腐ワインも沢山生産された。
'01 暑い春、雨がちな7月、8月の晴天、9月の雨。10月に好転。白は酸味に溢れ、素晴らしい貴腐ワインが生まれた。
'00 高温で乾燥した天候。早い開花・収穫。1794年以来の早い収穫。赤ワインは素晴らしい。貴腐は少ない。





まとめ


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 WachauとKamptalの葡萄畑に行くと一目瞭然なのだが、辺り一面が灌漑のホースだらけである。残念な事に、優良な造り手も灌漑ホースを通している。彼らの言い分はこうだ。「この地は非常に雨が少なくて乾燥している。年間降雨量が500mm程度しかないのだよ」。「効率的な灌漑を行なう事で、葡萄はストレスを減らすことができて、質を損なわないんだ。何も生産量を増やしたいからやっているわけではないよ」確かに、どの造り手も厳しい剪定を行なっているのは、彼らの畑を見ればすぐにわかる。Guyot Simple剪定の畑で芽を8つ、Guyot Double剪定の畑で芽を4つづつ位しか残していないとなれば、Bourgogne並みか、それ以上の低収量を心掛けているのが納得いく。すぐ南のTraisentalに行くと灌漑ホースは稀である。確かにここでは降雨量は高く、保水性に富む石灰土壌であるとはいえ問題はそれだけではない。資本力の問題が常にある。「Wachauの灌漑は皆で共同で出資して行なわれたのです。大体、水を確保すること以上に、ホースをすべての畑に設置するためには非常にコストがかかったのです」。最良の生産地であると見なされている WachauとKamptalが灌漑のみであり、新興の地であるTraisentalには灌漑がないというのは、非常に逆説的である。
 その事は、WachauがDACに入っていないという事実によっても裏付けられる。つまり、この国のワインの品質統制システムはまだまだ完成に至っていない。イタリア・ワイン法のようなVdT、IGT、DOC、DOCGが全く意味を成さないようになったのとはまた違った意味で、オーストリアのワイン法はバラバラである。「KremstalとWachauにおける大きな違いなんてないよ。Wachauの生産者たちは、統合することで、販売量が減少することを恐れているのだよ。Krems周辺のワイン産地の名称は一緒にすべきだと、私は思うよ」。ある優秀なKamptalのワインメーカーの一人も、苦言を呈してくれた。独自のワイン法にこだわるWachauではあるのだが、Wachauのワイン・システムも消費者にとって最良ではない。Wachauの規定では、過熟して糖分が高くなりすぎ半甘口となったワインは、Smaragdにはなれない。KnollのVinothekfüllungやAlzingerのReserveなどは、Wachauを代表する最高のワインのはずが、皮肉なことに、Smaragdではないのである。
 DACにせよ、Vinea Wachauにせよ、それぞれが、固有名称をめぐって、ワインの品質の足枷になっているだけなのでは、と今回のオーストリア訪問で感じた。制度法がしっかりと確定していないが為に、オーストリアのワインは未だ品質に見合った価格がついているとはいえない。ウィーンのヴィノテーク(ワイン・バー)にいけば、この国を代表する最上級のワインがグラスで非常に安く飲む事ができる位だ。もう少し、一般の消費者にわかり易い枠組みを造る事がこの国に求められている事なのであろう。


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   Wachauの畑。険しい崖に少しでも多く樹を植えるために、水平に樹を仕立てている。
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[ 2013/07/23 03:16 ] 産地 | TB(0) | CM(0)

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