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オーストラリア・ワインの今。 前編: South Australia(南オーストラリア)


 オーストラリア。
 大自然の恩恵と、シックでモダンな町並み。
遥か地平線の夕日を背に飛び交うカンガルーたち、新鮮な海の幸と大地の作物から生まれる美食の数々。
エキゾチックな先住民達から続く特殊な文化と、ゴールドラッシュの19世紀半からはじまるヨーロッパ移民の文化の不思議なミックス。
 人類最後の楽園とも言えるこのオーストラリアは、そしてまた同時に、素晴らしいワインの産地でもあった。

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          オーストラリアの赤い大地


 そんなオージー(オーストラリア)のワインも長らく、重たくスパイシーでアルコリックなワインでしかないというイメージが先行してきたのであるが、実際の所、現実は全くそうではなかった。いま全世界に起こっている料理の味わいの変化、ヘルシーで、素材重視な料理への回帰という風潮は、ワインのスタイルも変化させてきたのだ。こんな暑いだけだと思われて来たオーストラリアで、驚く程、軽やかで繊細なワインがどんどん世に生まれてきている。ボリューム軽やかで、決して飲み飽きないスタイリッシュなワインたち。
 自然(ナチュラル)への回帰。
 そんな今風のトレンドをよく理解したく、私はオーストラリアへと飛んだ。
 
 今回は前後二編で、オーストラリアワインの魅力を書いてみたいと思う。
 全編は South Australia(南オーストラリア)州のワインについて。しかし、まず、オーストラリア・ワイン史を少しまとめてみたいと思う。



オーストラリア・ワイン史

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       カンガルー注意!カンガルー事故はこの国では日常茶飯事。コアラと違って、けっこう害獣扱い。
 
 オーストラリアにヨーロッパからはじめて葡萄がもたらされたのは、1788年。イギリス人提督 James Cook(ジェームズ・クック)がこの地を発見し、領有すると宣言して、わずか18年のことである。その後、Sydney(シドニー)を中心都市として次々と葡萄栽培が試みられたが、ヨーロッパとはかけ離れた風土に悪戦苦闘が続いた。本格的なワインの生産は、後に『オーストラリア・ワインの父』と称されるようになる James Busby(ジェームズ・バズビー)を待たなければならない。彼はフランスでワイン造りを学んだ後、ヨーロッパから大量の葡萄品種をオーストラリアに送り、Hunter Valley(ハンター・ヴァレー)の苗畑に植えた。これらの葡萄の樹のコレクションは New South Wales(ニューサウスウェールズ)、Victoria(ヴィクトリア)、South Australia(南オーストラリア)に広まり、多くの歴史的古樹の起源となった。
 1823年、Tasmania(タスマニア)、1829年、West Australia(西オーストラリア)、1834年、Victoria、同年、South Australia州と、次々と葡萄畑が開墾される。産地のオーナーのほとんどは、ヨーロッパからの移民であった。イタリア人とスイス人は Victoria州に、ダルマチア系人種は West Australia州に、そして宗教的迫害を逃れて来たルター派ドイツ人が1847年、South Australia州に定住する。そして直後に巻き起こった、ゴールドラッシュによって、オーストラリアでは人口が激増。ヨーロッパ移民キリスト教徒による、ワインへの需要も高まった。続く1870年代には、世界中の葡萄を引き抜く事件となったフィロキセラが発見されたが、まだ連邦化していなかった事が幸いして、その被害は最小限にとどまった。フィロキセラの被害が酷かったポルトガルに変わる産地として、酒精強化ワインが沢山生まれ、それが多くイギリスへと輸出された。20世紀前半のオーストラリアのトレンドは、Port(ポート)スタイルの甘口ワインで、ワインとは食事の後に飲まれるものであるという、風潮が広まることになった。

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Eden Valley。畑の中に羊のいる風景。

 オーストラリア・ワイン史上、1950年代にワイン造りは大きな転換期を迎える。灌漑設備の導入、新たなる移民の受け入れ、酒精強化ワインからテーブルワインへの変化、新しい品種の輸入、そしてドイツ製の新型低温プレス。新型低温プレスは、オーストラリア・ワイン界に新しい命を吹き込み、Orlando(オーランド、今の Jacob's Creekの前身)社の出したドイツ式微発砲白ワイン、Barossa Pearl(バロッサ・パール)は1956年のMelbourne Olympic(メルボルン・オリンピック)に乗じて爆発的に売れた。より辛口指向のワインが求められるようになったということである。第二次世界大戦が始まると、多くのアメリカ人が、戦場に近い関係もあって、オーストラリアを訪れるようになり、より海外からの人口移動は進む。戦後も、イタリア人、ギリシャ人、ユーゴスラビア人、さらにアジア人が多く移住した。このことは、食文化の大きな変化を意味した。それまでイギリス式食生活だったオーストラリアでは、甘口ワインを飲んでいた習慣があり、食中はビールだった。それが、食中酒としてのワインが必要とされるようになるのである。この時代から、自国産の辛口ワインのために、それぞれの地方に合った葡萄品種が見直されるようになる。ヨーロッパから新たなる品種(Pinot Noir,Traminer,Chardonnay,Merlot,Gamay)がもたらされたり、新しいクローンが用いられるようになり、ワインの多様性、個性化が進むことになった。

Hill Grace
Henschke社の Hill of Graceの畑。

 1980年代からオーストラリアのワイン造りはさらなる転換期を迎える。ワイナリー同士の畑の引き抜き、ディスカウント、買収、吸収、合併、統合がそれである。その結果、現在では、5つの巨大な企業がオーストラリア・ワインの主流を占めるようになった。Treasury Wine Estate, Accolade Wines, Perno Ricard Winemakers, Casella Wines, Australian Vintage Ltdの5つ。大型のワイナリーはすべて、これらの大企業に属し、互いの利益のためにワイン造りの方針を組み立てる。こういった転換は、ワイン販売、流通の効率化は計られるとしても、オーストラリアワインの海外販売をほぼ独占してしまった感があるのは否めない。それらの企業に属さない小規模の生産者が海外から見えにくくなったということである。大体、資本主義社会の歴史というのは、需要と供給のバランスによって物事が左右される。誰も、他人よりも手間隙かけて儲からない事などしたくはない。大企業主導となったワイン造りは、手間隙かかったワイン作りの理念から遠ざかるのみである。「大手ワイナリーは商業主義に走りすぎていて、経済効率優先のブレンドをしたワインをつくり、Barossa Valleyのテロワールを活かした’70-’80年代のワイン造りの精神は失われてしまった」と嘆く声もある。実際、Penfolds(ペンフォールズ)社のGrange(グランジ)に見るように、品質重視を重んじ、他の地方のワインとのブレンドをしてしまっては、一つの地方(Region)の個性は見えなくなってしまう。1990年代からは、アメリカの評論家 Robert Parker(ロバート・パーカー)が登場する。大企業によるワイン造りの独占化と連動して、Parker好みのフルボディな味わいのワインがもてはやされるようになる。辛口ワインが完全にシェアを占め、酒精強化ワインの時代は終わりをつげた(Parkerが再発見した Rutherglenの Tokayと Muscat…などを除く)。



South Australia ー伝統と今ー

 オーストラリア最大の生産地にして最も著名な South Australia(南オーストラリア)州。ここではオーストラリア全土の収穫葡萄の半数近くが生まれる。1847年に、宗教的迫害を逃れて来たルター派のドイツ人が多く入植し、最初のワイナリーを Barossa Valley(バロッサ・ヴァレー)に作った。自国の品種、Rieslingが植えられ、この地を開拓したドイツ人たちは、まるで中世においてシトー派修道僧がそうであったかのように、葡萄の園を切り開いた。多くの他の移民たちもやってきて、沢山の葡萄品種が植えられた。そして、この土地において、オーストラリアを世界に知らしめる機会となった一本のワインが生まれた。その名は Grange(グランジ)。もともと、Barossa ValleyのPenfolds(ペンフォールズ)社の Max Schubert(マックス・シュバート)は新たなるワインを生み出したいと願っていた。そして、ヨーロッパを視察し、新樽での長期熟成などの技法を取り入れる。彼が選んだのは「くらくらするような甘さと滑らかさを備えている」アメリカンオークを使用することと、ワインの味わいのバランス感を整えるために、South Australia中の各地の最良の Shiraz品種をブレンドして仕上げるという方法であった。ヨーロッパにはない、オーストラリア独自の選択眼は特筆に値する。しかし、1951年にファーストヴィンテージを生み出した当初は、「乾燥した甘口ワイン(dry sweet wine)」と批判され、結果、生産中止にまで追い込まれた。ところが、1960年にフランスから来た人間が、「フランス最高のワインの一本と比べても比肩ない」と擁護したことから、評価は瞬く間に一転した。続く Adelaide品評会で、ゴールドメダルを受ける栄誉を得るまでになる。このスター性の高いワインの誕生によって、オーストラリアのワインは一つのアイデンティティーをもって、世界に知られる事になったのだ。

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          Ruggabellusのセラー。



Barossa Valleyと Eden Valley ー史上最古のGrenacheとSemillonー


 オーストラリアワインを語るにあたって一昔前は、Penfolds Grange, Henschke Hill of Grace(ヘンチキ・ヒル・オブ・グレイス)を語ればそれで事は足りた。異なる四つの産地の最上級のShirazをブレンドし、アメリカンオークで、味わいの激しさのバランスをとって生まれるGrange。樹齢150年を含む、自根の畑から生まれるシングル・ヴィンヤード・ワイン、Hill of Grace。いずれも、スパイス感の強さとアルコールの強さ。アメリカ人評論家が絶賛するような色濃いワインの時代を謳歌するような、そんなワイン。しかし、コールタールのような強い液体の中に、オーストラリアの大地は見えるのか。そんな問いかけに答えてくれるようなワイナリーが、実は現地には存在していた。ただ国外にはあまり紹介されていないだけで。


Ruggabellus -Abel Gibson-

 都会の喧噪を離れ、夜を越して着いた場所は、まるでそこがこの世のものではないかのような大自然の真っ只中だった。
Eden Valley(イーデン・ヴァレー)は、他の生産地にはない、何か不可思議な魔力に満ちた場所だ。

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まるで幻想郷のような、むき出しの自然。Eden Valley。

 19世紀、オーストラリア入植に際し、イギリス人が Barossa Valley(バロッサ・ヴァレー)との中間地点、Angastan(アンガスタン)村を拠点にこのEden Valleyに入ってきた。そこは、まるで野生動物達の楽園で、200年たった今日でもそんなには状況は変わっていない。あちこち倒れたユーカリの巨木、舗装されないガタガタした獣道を走ると、地球上に我々、人類が住める場所はまだまだちっぽけに過ぎないのだと感じさせられるのだ。まさにこんな風景を一言で言い表したかのような造り手、Ruggabellus(粗野な美しさ)を訪問した。

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ジャングルの中のワイナリー。

 ジャングルの真ん中にただの一軒家で、その横に作られたプレハブ倉庫、外に置かれたバスケットプレス。周りは雑草だらけの泥濘の畑だが、一面に広がる古樹。家の前に一人の赤毛の女の子が、雨の中でキャッキャと楽しそうにしている。そこへ40歳位の精悍なタフガイがやってきた。ニット帽に青いジャージ、ジーンズ。澄んだ青い目が如何にも知的な印象。妻 Emma(エマ)と二人で、年間生産数約12000本のワイナリーを切り盛りする Abel Gibson(アベル・ギブソン)である。彼の父、Rob Gibson(ロブ・ギブソン)は、この地ではちょっと名の知れた男である。Robは最初に、Penfolds(ペンフォールズ)で働き、当社のフラグシップワイン、Grange(グランジ)のための最高の Shirazを探求する部門の仕事を行っていた。つまり、南オーストラリア中の優良な畑を知り尽くしていた男であった。そして彼は、オーストラリアワインの欠点が、灌漑・除草剤・補酸・補タンニンにあり、逆に長所が古樹にあるということを明晰に理解していた。だから Robが1996年に独立して Gibsonワイナリーを起こした時にも、そのノウハウを活かし、一躍、一級ワイナリーの仲間入りを果たした。
 そんな父を持つ彼も、世の大半の著名ワイナリーの息子が経験するように、ワインの世界とは無縁の道を選んだ。26歳まで世界中を放浪して、スキー・スノーボードに明け暮れていた。その後、やはり血は争えないのか、Barossaの著名ワイナリー(Penfolds, Rockford)で収穫を経験し,とうとうワインの道に入って生きると決意する。Charlie Melton,GibsonそしてSpinifexで働き、2009年、自身のワイナリーを持つようになった。まだ 2haと、自分の持っている畑だけでは足りないので、ワインを友人たちから購入している。 Eden Valleyに居を構えていても、ワインの出自は Barossaのものが多い。大体が、ボトルのラベルからして、Barossa Valleyを中心に描いたものである。たとえまだ畑は少なく、買い付け葡萄が多くとも、彼が求めるワインの方向は明確である。ワイナリー名が Ruggabellus つまり、Rugged Beauty「粗野な美しさ」を意味する言葉であることからも、バロッサの土地の個性を示したいという彼の意図が見え隠れしている。

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Abel Gibson。彼はそれまで働いたワイナリーでの経験を次のように述懐する。Penfoldsでは「歴史を尊重すること」を、 Rockfordでは「伝統工芸」、 Chris Ringlandからは「知的な細部までのこだわり」、 Charlie Meltonからは, 「香りとテクスチャー」、父親のRob Gibsonから、 「深淵さ」を、そしてSpinifex のPeter とMagaliから最も重要な「ワイン造りの信念」を学んだ、と。とても真摯な男だ。

「自分たちのワインの中にオーストラリア特有の個性を探している」
 ワインの味わいは、ナチュラル指向というのは彼の挙動を見ていれば理解しやすい。「あるがままに」。バレルサンプルからの試飲は目を見張る。一樽一樽の違いがあるのは当然としても、その違いを重視し、ブレンドの比率を変えることで、その年のワインの味わいを決定する。クンバワのような柑橘類の香り高いのに、あくまで自然体に Rieslingらしさを残したQuomodo(Riesling,Semillon,Muscat)。キウィっぽさやリュバーブ、メロンなどの香りもある。 Timaeus「誇り」は Grenacheを主体でアロマティックなワインで、Pinot Noir的な個性。 Archaeus 「地の魂」はSyrahを主にブレンドしたスパイシーなワイン。しっかりとした芯の強い赤果実の香りと丁字のようなスパイス、カンパリのヒント。そして特に素晴らしいのは 古いMataro(Mourvédre)主体の Efferus「不服従」。グラスから爆発的にほとばしり香りは 黒果実のフルーツバスケットのようで、桑の実やブルーベリーのリキュールの甘い魅惑的な香り。濃い年のBourgogneのような、もしくはChateau Rayasのような、甘いスパイス感、そしてハーブの香りも微かに残る。ボリューム感ありリッチで、甘いテクスチャー。口の中でさらに果実味が弾ける。
 彼のワインはとても整然としている。ブレンドすることを信条としているだけあって、一つ一つのワインのバランスが良い。すべてのワインはフルーティーで、アロマティックだが、味わいはあくまで静かに優しい。自然な酸味がある。どちらかというと砂質のサラサラした味わいに、くっきりとした輪郭のワインだ。何か刺々しく強く突き抜けた味わいではなく、柔らかいタッチ。それはシングルモルト・ウィスキーの個性に疲れ飽きて、再び、ブレンディッドに戻ってきた人のような味わい。名醸造家を父に持ち、世界を放浪し、そこからまた世界の品質を見極めた上で、自分らしいワインを選びとっていった男の作るワインの味わいが、体現されている。



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標高400mの地。

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土壌は、石英の多い、砂、粘土。砂岩のような土壌。サラサラしているが、保水性の強い土壌。全部、自根のみの葡萄。


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ラベルは、Barossa Valleyと Eden Valleyの地図。南が上で北が下。ワインは早めの収穫を心がけるという。ナチュラルイーストのみで、10-100%全房発酵。新樽は使用しない。




Cirillo - Marco Cirillo -

 South Australia州が、オーストラリアでどうして今でも最もメジャーな生産地なのか、ひとつ明白な事がある。それは歴史上、いまだにフィロキセラの被害を受けていないために、世紀を越える葡萄畑が沢山残っているという事実だ。

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   McLaren Valeの d'Arenbergの畑の前にかけられた看板。曰く、フィロキセラをこの畑に入れないために立ち入り禁止。

 砂の多い土壌であったことと、早くから国内で厳しい検疫規制をもうけていたおかげで、フィロキセラからの被害を免れてることができた。つまり、この地方のワインは自根で、100年以上の古樹が今なお多く残された場所なのである。事実、フィロキセラによって壊滅的打撃を受けた Victoria州はワイン産地としての地位を失い、South Australia州が、オーストラリア一の生産地となった。新世界だから、若い樹しかない、新しいクローンしかない、というのではないのだ。平均的な樹齢を見れば、どこの旧世界の生産地よりも古い樹が植わっている。さらに、アメリカ台木に接ぎ木していない畑が多いことも重要であろう。チリやアルゼンチンもそうだが、旧世界よりも新世界の方が自根の畑が多い。古い樹の方が、さらに自根の方が、良い葡萄の実をつけるという基本的な考えに立ち返るのであれば、Barossa Valleyの長所が自ずから見えてくるはずだ。

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Marco Cirillo。その名が示す通り、先祖はイタリア人。9代続く、Calabria(カラーブリア)地方のワイン生産者だった。ワインを開拓するために入植してきたという家系なのだ。

 Nuriootpa(ヌリオッパ)の地にある、小さなワイナリー、Cirillo(チリッロ)を訪れた。当主、Marco Cirillo(マルコ・チリッロ)はとても穏やかな人である。あまり、檜舞台に出ないような人柄。試飲会にもあまり出展したがらないタイプだろうか。しかし、そんなにもシャイなワインメーカーにも、誰かにちょっと自慢をしてみたくなる畑を持っている。
 彼に誘われて、カーヴ裏の畑を回った。
すぐさま、どこまでも続く平坦な、砂地が広がる。この日は、少し曇りがちだったが、常時は強く容赦なく照りつける太陽が大地を焼く。Barossa Valleyは三方を丘に囲まれた平地なので、降水量も低い。なるほど、水分供給しないでワインを作るなんて不可能だと思わせる場所だ。
 砂の平地になった場所に、異様にごつごつした樹々が見えて来た。
 
 1850年。
 なんと西暦1848年に植えられた畑のワインである。Semillonと Grenacheの二つの畑。もちろん、自根の葡萄で、樹齢167年というのは、世界中どこを探しても滅多にない。オーストラリアでも最古の樹々にはいる。株仕立てで、非常に太い樹。小枝が無数に伸びている。カヴァークロップの合間に砂地の土壌が見え、灌漑ホースが通る。「凝縮した実ができるが、収穫量は少ない」というが、そんな少ない収量を守るために灌漑は避けられない。「ここで灌漑しないでワインを作ったら、生産量が1/3になってしまう。この地で灌漑していないのは、Rockford(ロックフォード)か Standish(スタンディッシュ)位だけだね」例え自然派を名乗る生産者も、灌漑は認めている。必要不可欠、であるらしい。ただし、彼の挙げた二つの造り手は、かなりの変わり者であるとは補足できる。それにしても、このような古い樹を所有しているというのはとても素晴らしいことである。もちろん、彼の祖先も初代入植者のイタリア人の一人であり、最初に Barossa の地を開拓した一人であった。父親 Vincentの代までは、Tolbreck(トルブレック)などの有良生産者に葡萄を売って生計をたてていた。しかしながら、2002年に独立して、2003年にファーストリリースした。今では2.4haという小さなワイナリーを彼一人で切り盛りしている。独り立ちして、彼が目指した味わいは、深い樹齢の樹々のメッセージを素直に表現したワインだった。

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樹齢167年。それにしても、Barossa Valleyというのは、中国や日本の都市設計を思わせる場所である。四方を門に囲まれ守られた、人工設計の居住空間。人工的であるから、長期間保護されやすい。そういう場所なのだ。

 最初の白ワイン、1850 Semillon ‘11は、その名の通り、樹齢160年以上の古樹のもの。松脂、花、ドライフルーツの香り、塩味的なミネラルと長い余韻。深いワイン。 Vincent’14は1985年植樹の Grenacheを20%除梗、父親に捧げられたキュヴェ。ブルーベリーのジュースの甘い香り、甘く、柔らかい、スムースな砂地の個性。Mataro’13は果実味ので溢れたワインで、香りは桑の実、カシス、果実のバスケット。柔らかく、優しい酸味が味わいを閉める。Shiraz ’13 はクラシック。胡椒の香りと力強さ、アルコール感、まさに Barossa Shirazの古典的スタイル。強いワインだ。1850 Grenache ’10は、野イチゴ、サクランボの繊細なアロマ、酸味と味わいのバランス。それにしても、古い樹から生まれるワインは余韻が長い、長い。古い樹齢からくる、経験値というか、貫禄の味がワインに宿っている。それが、台木を通していない、同じ葡萄の根から養分が吸収されているということも重要だ。そしてこのような味わいこそが、フランスでは味わえない、オーストラリアのアイデンティティーの一つなのだと確認できた。
 
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約60%全房使用。開放型発酵槽で15-30日の発酵。発酵後、800kgのバスケットプレスで圧搾。6割フランス製、4割アメリカ製の樽で24ヶ月熟成。





Adelaide Hills ー山中の仙人たち。ー

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Adelaide市。

 南オーストラリア州都、Adelaide(アデレード)という名は、1836年にこの街が初めて自由植民地となったその時のイギリス国王妃の名に因んで名付けられた。ここは、SydneyやHobart(ホバート)のような受刑者のための土地ではなく、自由移民のための植民地として建設された。移民達は宗教の迫害を恐れずにすみ、市民としての自由が保証されていた。初期のころから多くの移民をひきつけ、特にドイツ系の移民が宗教的な迫害から逃れてやって来ている。McLaren Vale(マクラーレン・ヴェイル)という海辺のなだらかな丘陵で生まれるワインは、とみに有名であるが、今回の訪問は、Adelaideの東約10kmの Adelaide Hills(アデレード・ヒルズ)に行くことになった。標高400-700m、降雨量は700-900mmのこの山地では、近年、若い生産者が増えている。そこでも、Basket Range(バスケット・レンジ)と呼ばれる森の奥地には、多くの有望のある若者が集うという。そしてそれを率いているのが、Anton van Klopper(アントン・ヴァン・クロッパー)と James Erkine(ジェイムズ・エーキン)という二人のワインメーカーなのだと聞いた。



Jauma -James Erskine-

Adelaide市 から予定より遅れて森に入ること数分、険しい車道を上り下りした。看板も見当たらない、Google Mapにも載っていない場所を求めて進む。

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 なんとか住所だと思われる場所に、アポの時間よりも約5分ばかり遅れて着いたのは良いが、カーヴと言う体裁をなしたものは見当たらない。
 急な斜面の草地の崖に伸びた場所の打ち捨てられた家屋の前で、一匹の仔猫が遊びまわっている。
 樽が並べられているので、そこでワインらしきものを作っているのだとわかっても、ガレージにがらんと並べられた樽は、外からまる見えである。
 大体、ワイナリーの倉庫が外から全部見渡せるような場所では、盗難の心配はないのか、と訝しんでしまう。
 先ほどの仔猫が、にゃあ、と一声鳴いて、餌をねだるので、我々は、間違った場所についたのだと途方にくれた。

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 そうこうすると、一台の四駆車が疾走してきた。
 スラリとした若々しい長身の男性が降りたった。
 彼こそが、このワイナリー、Jauma(ヤウマ)のオーナー、James Erkine(ジェームズ・エーキン) であった。

 思っていたよりも、遥かに若い。Basket Rangeの若者たちを導くリーダーとしての彼は、もっといかめしい男性かと思っていた。
 遅れちゃって、ごめんごめん~、昼ご飯まだなんだ、よかったら君たちもこのチーズ食べる?? のっけから、調子が狂う。
 あくまでもこんな風に自然体な彼は、彼のワイン自体がどのようであるかと物語っていて仕方ない。
元々、California大学 Davis校、Adelaide大学で、土壌学を学んでいたが、ソムリエとして、ドイツ、オーストリアで働く。その後、故郷のオーストラリアに帰国して以降、自国のワインの品質の低さを感じ、このままではオーストラリアのワインはよくない、と痛感したと言う。そして、それならば自分でワインを作ると志し、Anton van klopperらとワイン造りの意見を交換し、オーストラリアワインのあるべき味わいを追求する。そしてとうとう、自分のワイナリーを起こしたのが2008年。McLaren Valeの信頼の厚い、自分の友人からの買い付け葡萄から、ワインを作る。

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葡萄の大半は、Clarendon Ridgeの Fiona Woodの畑から来る。元々、Jamesがソムリエをしていた時に、彼女はシェフをしていた仲で、ワイン造りの上でも良い関係を築いている。彼女の父、Ralphが 1981年に植え、無灌漑で育てる、ShirazとGrenacheは「オーストラリア最高」と、彼も絶賛。

 無濾過、無清澄。自然酵母のみ使用。そして亜硫酸は入れない。が、いれなくてはならない場合がある。それが、彼にとって決して好ましくないアロマが発生した時。いわゆるネズミ臭(Mousy off-flavor)が出た時だ。
 フランスではあまり聞き慣れない香りである。しかし、亜硫酸を入れないでワインを作る時に避けてとおれない問題としてオーストラリアの醸造学会ではとても重視されている。乳酸菌の Lactobacillus hilgardiiによって生成される、 2-Acetyl-1-pyrrolineという物質による非揮発性のものが原因だ。揮発しないので嗅覚では知覚困難だが、口に入れた途端に強烈なアフターフレーヴァーとして残る。「亜硫酸を入れないで作ったワインが、違う産地にも関わらず同じ匂いがする」、「自然派ワインなのに、産地ごとの区別がつかない」といった非常によくあるが困難な疑問の一つの回答と言える。だから彼は、同じワインでも、バレルごとに生じるネズミの香りの探知に余念がない。「一度発生したネズミ臭は消えない」とう彼が、それを発見した時にすることは一つしかない。亜硫酸添加、である。しかしあくまでも亜硫酸を入れたくない彼は(気持ちはすごくわかる)、バレルごとの変化を日夜、テストして最終決断を行うのだ。彼のワインに、亜硫酸ゼロではないワインがあるのは、そのためだ。
 数種類の Grenache, Shiraz, Mataroの試飲から見えてくることは、あくまでも自然な果実とタンニンが彼のワインにはあるということ。いわゆるビオ臭とよばれるネガティブな匂いなしに、自然な果実。ボトルからは、Pet Nut Chenin 2015を試飲。McLaren Valeの樹齢55年、シストに覆われた1.4haの砂地のワイン。 樽発酵、フィルター、清澄なし、亜硫酸微量添加、1日間、スキンコンタクト。果実の輝き、オーストラリアの太陽の果実を思わせるエキゾチックで、フレッシュなワイン。旨い。Audrey Clarendon Shiraz-Grenache 2015は、二人目の娘 Audrey-Gaiaの名前を冠するワイン。鉄石と砂の土壌で、無灌漑。スパイシーで強く、潔いタンニン。 Alfred’s Clarendon 2014 フローラル(莟のように香る感じ)、オレンジ(支配的な柑橘)、薄い果実味。赤なのに黄色い果実?口当たりソフト。タンニン薄く、柔らかい。重心軽く、じわじわと来る感じ。酸味。強くなくシルキータッチ。滋味にあふれ、ながれ、そして長い。薄い。非灌漑。植樹1981年(自根)の株剪定。Z’Wurzig Adelaide Hills Gewürztraminerは、アロマティック。強烈な香り。彼のワインは強い。例え、軽口であっても、口の中に広がるフレーヴァーが強く、印象に残るものだ。

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さきほどから、うろつき回っていた仔猫は、このワイナリーに住む Tika。可愛い仔猫と一緒に試飲できるなんて、嬉しい。そういえば、日本で販売されている Jaumaのボトルにも手描きの Tikaが載ってることがある。なるほど、ネズミ臭・ハンターの彼が、猫好きなのはそういうことか。余談ではあるが、オーストラリアのワイナリーには必ず、飼い犬もしくは飼い猫がいて、その仔達をのせたユニークなガイドブックも売っている。


 信仰はきっと、世間から隔絶された場所から生まれるものだ。自然に則した栽培は、都会ではなく、田舎で育まれる。新しく自由な発想は一目に触れない場所で培われ、そこにおいて保持される。
 だから森は、新しい発想や思想の温床である。一般常識とは違う考え方が守られる場所。ドイツ系移民が、宗教迫害を避けて、この地にやってきて、自分たちのワイン生産地を開拓したのと、Jamesが、森の中で、より急進的なワイン造りをしているのには、共通点があるように見えてならない。
 オーストラリアの新しい潮流は、人里離れた森の中から発信されている。



Ochota Barrels -Taras Ochota-

 印象的なロゴだ。

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 サーファー愛好家らしい「波」をイミージしたロゴだという。
 Taras Ochota(タラス・オコタ)は Adelaide大学で醸造学を学んだ後、2008年に Basket Rangeにて、年間900ケースを生産するばかりの小さなワイナリーを起こした。0.5haの自社畑と買い付け葡萄。妻の Amber(アンバー)も広報を担当する。さらにフライングワインメーカーとしての顔も持ち、スウェーデンの輸入会社のコンサルタントとして、イタリアのプーリアとシチリアで働く。国内外での評価は既にかなりのものであり、Adelaide Hillsのワインの代表者の一人といってもよい。

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 ワイン造りのモットーはLaw Intervention(極力、人為を加えないワイン造り)。James Erskineや Abel Gibsonとの親交も厚く、この地区のピュアな味わいを求め続けている。樽から、Chardonnayを利いた時に、強い感動を覚えた。ミネラルの響き。そして、石灰のニュアンス。ピュアなバランス。これはChampagneからきているという Chardonnayのクローンだ。標高550mのAdelaide Hillsの石英と鉄石の土壌。Chardonnayは、基本的にどこの土壌にも適する品種だと思うが、ここオーストラリアではまだそれといったものには出会っていなかった。しかしながら、還元香と、シトラス系アロマ、酸味の渾然一体としたこのワインの完成度は、この国の Chardonayの底力を感じた。
 Forest Pinot Noir 2014 は、こじんまりとしてフルーティー。ニュージーランド的な優しい甘み。100%全房のワインで、それ由来のガス感が残る。Weird Berries in the woods adelaide hills Gewürztraminer 2014は、白桃のアロマで、アルザス的な強いアロマではない。甘さのバランス。Texture like sun adelaide hills sector red 2014は、Pinot Noir, Grenache, Cabernet Sauvignonブレンド。各品種の強い赤果実が顕われて、イチゴやフランボワーズの強いアロマ。単調だが、甘さと酸のバランスが綺麗。The green room onkaparinga hills grenache Syrah 2014は、カシスの色濃い深い香り。1946年植樹の Mclaren ValleyのGrenache主体。

 この土地の、ピュアなワインの表現力は、ともすれば隠れがちな Jamesのワインとは違い、よりオープンで、輸出も盛ん。今ではオーストラリアのどこでも飲める有名なワイナリーとなっている。


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          ドメーヌは山の中。Eden Valleyとはまたひと味違った場所。

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80%完梗の GrenacheにGewürztraminerの皮を漬け込んで発酵させるというユニークな試みも行っている。蜂蜜とオレンジのアロマをまとった、フルーティーなワイン。Gewurztaminerの皮を使うのはユニークだが、他の生産者でも試飲したので、意外とポピュラーな製法になりつつあるのかも。



Gentle Folk -Gareth Belton-

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 ズゴッっっと、突然、嫌な音がした。
 四輪駆動車が少し右に滑って、我々は冷や汗が溢れ出るのを感じた。
 大体、Basket Rangeの山に迷い込んで以来、急な斜面の悪路ばかり続いた。そしてその日の最後のワイナリーのこの坂道をのぼり始めた途端、その嫌な予感は的中した。四輪駆動の車を選んだにも関わらず、急な坂道の真ん中に避けた溝にモーターは空回り、後ろは絶壁。ワインを試飲しにきたのに、命の危険を感じるなんて…。陽気な犬たちに迎えられて、我々は車を一旦、坂道の真ん中に捨て、ほうほうの態で、ワイナリーにたどり着いた。半開きになったガレージカーヴのすぐ裏手は標高500m級の急斜面に植えられた葡萄畑が広がる。
 オーナーの Gareth Belton(ガレス・ベルトン)はまだ若い。ワイン造りを始めてからまだ三年足らず。Anton van Klopperと James Erkineに師事し、ワインメーキングのノウハウを学んだ。そんな彼のワインが自然な果実味と酸を大事にしたものであることは、ワインを飲まずともわかる。それにしても我々が訪問した時には、友人数名が集って、パーティーを始めている所だった。我々は、その中に参加する形で試飲を開始した。なんというか、すごく自然に、フレンドリーな雰囲気。重々しいスピットーンが必要ではない、アットホームな雰囲気。

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 最初に注がれたものは、GewurztraminerとRieslingのブレンド、Field Blend 2015。6:4の比率。Gewurztaminerの皮でスキンコンタクト(4日間、Gewurztraminerと1日、Riesling)した後、樽で発酵させた白ワイン。この造り手は基本的、亜硫酸無添加。アロマティックで、Gewurtraminerのエキゾチックな香りとRieslingの花の香りが一体化した印象。Blossoms 2015は Pinot Noirと Merlotのブレンドで、さらに少しPinot Grisと Gewurztraminerも加える。非常にフルーティー、それもそのはず、ブレンドしている品種がすべて香りの高いものばかりだ。重心高く、アエリアンなPinot Noirのストラクチャーと、Merlotのアフターフレーヴァーの「春のワイン」。Gnomes 2015は Petit Verdot主体、Merlot ブレンド(75:25)。 PVは70% 全房を使用し、Merlotは完全除梗。少し、亜硫酸添加。緩やかでベジタルな味わい。Pinot and Pinot 2014は、 Pinot Noirと Pinot Grisを半々、一緒に発酵。冷涼な気候を反映して、そこまでリッチにならず、フレッシュで、少しガス感のある爽快なワイン。Little One 2014は、Basket Range産 Petit Verdot 100%という際物ワイン。60%全房、自然酵母、30mgの亜硫酸添加。ベジタルアロマ、スパイス感あり、品格あり、強いタンニンが熟成を約す。少し別格のワイン。いずれのワインも、全体にユルく、軽やか、陽気に仲間内でガヤガヤ飲もうというワイン。

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 新しいワインを生み出す若い造り手たちには、いずれも一つの共通点がある。ほとんどの者が、ワインとはまったく違った世界を歩んでいたが、ある日から、ワイン造りに転向したということである。だから彼らは、伝統に縛られることなく、違ったアプローチからワイン造りを行う。スキューバダイビングに熱中していたという Gareth Beltonは、ワイン造りの常識に囚われていない。GewurztraminerとRieslingをブレンドしたり、Petit Verdotを主体にしたり、冷やして飲んだ方が良い、と推奨したり。インフォーマルなワインを目指しているのがよく分かる。こういった生産者から、新しいワインの味わいは生まれ、そして新しい技術は生まれる。遊び心満点の彼のワインのブレンド比率は、毎年のように変化する。同じワインがずっと作られるわけではない。Adelaide Hillsの崖の上から新しいスタイルのワインは今日もまた生まれる。

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新世界のワインを旧世界のワインと比べ、常に問題に感じるのが、アロマの複雑味の弱さである。例えば、赤果実ならチェリーの、ラズベリーの香りの、といった香りが単独で強調されていて、それ以上ではない。ワインの品質とは、単独の香りが支配的になって生まれるものではない。これらの原因となっているのが、選抜酵母の使用であったり、また単一のクローンの使用なのである。しかし、若い生産者は、マッサル選抜を取り入れることで、これに対抗。これはマッサル選抜用の取木。生産性、品質の高い樹を選んで、その樹を剪定の時に選んで、良質のクローンを残す方法。接ぎ木をしないことの多いオーストラリアでは、苗木会社に持って行くことなく、自分で植樹するので、非常に理に適った方法である。



Coonawarra ~寄り道(Side Ways)...~

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 オーストラリアのワインについての文献をめくると、しばしば Terra Rossa(テラ・ロッサ)という土壌についての表記が目に入る。旧世界にくらべ、気候が重視され、土壌について無視される傾向にある新世界のワインにおいてはいささか珍しい、オーストラリア随一の銘醸地。そんなにも著名な産地なのであれば、ワインの品質はどのようなものであるのか。
Coonawarra(クナワラ)は、この Terra Rossaと呼ばれるこの土壌のおかげで、 この国を代表するワインの銘醸地としての名を上げた。しかしながら、この産地自体の歴史は案外古くはない。時は 1890年、 John Riddoch(ジョン・リドック)という人物がこの地に Shiraz(シラーズ)を植えた。それ以降、細々とワイン造りが続けられたが、この地での本格的なワイン造りが始まるまでは、1950年代まで待たねばならない。灌漑設備の配置や、冷製タンクの登場は、今まで、葡萄生産に相応しいとされなかった場所にも、新たな展望を開くこととなり、新たなる銘醸地を生み出すことになった。こういった一連の流れを受け、Coonawarraは新興生産地としての名声を獲得する。ポートワイン用として植えられていた、Shirazの代わりに、その土地に合った Cabernet Sauvignonに植え替えた。温暖で雨の少ない(年間降雨量 585mm)の地で、灌漑設備を導入することでワイン生産地としての環境を整える。

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 ある著名ワイナリーを訪問した。超巨大な敷地は、まさにお城なのだが、どちらかというと、石油コンビナートを思わせるワイナリー。建物の周りに伸びきった、ステンレスタンクの山。南イタリアやスペイン、ポルトガルでみた、量生産重視ワイナリーの記憶が呼び起こされた。敷地内には畑がある。しかし、嫌な予感しかしない。踏み固められた平坦な土地。除草剤で焼かれて黄色くなった雑草。明らかに機械を使ってロニャージュされ、バキバキと無造作に切られた葡萄の長く伸びきった枝。そして、機械収穫した痕を残した、実だけの無い葡萄の房。人口の少ない地に作られた葡萄産地だけに、労働力が足りず、すぐさま機械化されたと聞いたが、まさにこのような有様が、ワイン銘醸地の実体か。
 ワイナリーに入る。ワイン博物館といっても良い内装に、多くの土壌のサンプルが置かれた地質学美術館。「Terra Rossa」とは如何なる土壌なのかという、説明書きがどこかしこにも書かれている。なるほど、この土壌が素晴らしいのは、よく見て理解できる。そしてワインを試飲する。あまりにも種類が多くて、どのワインを飲むべきが迷うほどなのだが、いずれもアルコリックで、補酸のされた味わい。強く、ギスギスした酸味とタンニンの濃密なもの。はたと、テロワールというのはどこにあるのか、目の前にこんなにも地質の標本があるのに、味わいのイメージは、最初に、このワイナリーに来る時にみた、巨大なステンレスタンクの山の味でしかない。

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 このような状況は残念ながら、Champagneや, Puglia, Riojaなどの産地においても同じような現象が見られるのである。ここでことわっておきたいのは、何もこれらの地方のワインのすべてが酷い悪状況にあると言いたいのではない。優秀な造り手は常に、各地方にいる。しかし、名声に胡座をかき、楽に仕事を続け、大地を疲弊させてしまった生産地に、未来はない。Coonawarraにおける栽培環境は最悪であり、ただ「赤い土(Terra Rossa)」というブランドにおいてしかワインを生み出せないのであれば、決して長く続くことはないであろう。



South Australia まとめ

 オーストラリアを訪れると、まず、厳しい検疫チェックが待っている。広大な大陸とはいえ、陸地において隣接する国がないことから、外部からの害虫・病原菌・ウィルスに対する備えは徹底している。かつては、違う州に移動する際にも、持ち物検査を行っていたというから、厳しい検問を自己管理することへの用心深さが見て取れる。だからこそ、オーストラリア中を襲ったとはいえ、フィロキセラの被害が比較的少なく済んだこの州では、自根の古い樹を多く残している。他の畑からフィロキセラを連れて来て欲しくないがために、今でも畑に土足で入る事を禁止しているほどだ。彼らは自分たちの財産の重みを他のどこよりも実感、理解している。

 近代的な大企業の多い地区の中で、台頭しつつある若いワイナリーを訪れて来た。
今、オーストラリアで話題の、新らしい自然主義者(ナチュラリスト)と目される彼らのワインは、いずれも素晴らしい品質を持ったものばかりであった。旧世界にはない、旧世界では持てない個性をもったワインの存在を知ったことは今回の旅の大きな成果であった。



後編(Victoria編)につづく...
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[ 2016/01/02 05:44 ] 産地 | TB(0) | CM(0)



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