スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

Visit Report ;37 Château Haut-Marbuzet

Visit Report ;37 Château Haut-Marbuzet


「このシャトーのワインの味わいはすべて、オーナーのDuboscq氏が決めます」


IMG_6192.jpg


 Bourgogneのワイナリーが家族経営で成り立っていることと対照的に、広大な面積を覆うBordeauxのワインは大抵が大企業の形をとらざるをえない。一つ一つのシャトーのワインには、オーナーだけでなく、多くの関係者が関与している。レストラン業における、「街場レストラン」と「ホテルレストラン」との関係に喩えられるだろうか。Bordeauxのワインには、「オーナー」個々の名前が冠されることはなく、歴史的に存在し続けた、「城(シャトー)」を起点にしたワインが生まれる。その中でも、ワインを作る人がフォーカスされるのはしばしば「醸造コンサルタント(Oenologue)」である。「城」の味わいを尊重しつつ、醸造作業のプロたちが、それぞれのスタイルを生み出す。だからこそ、仮に「オーナー」が引退したり、交代したとしても、それぞれの「城」の個性は守られ続けるわけだ。Bordeauxのワインは長く、「オーナー」よりも「城」ごとの味わいの差が重視されてきた。しかし、この地に魅力的な「オーナー」がいないわけではなく、彼らの個性が反映されたワインが全くないわけではない。その中でも代表的なのは Château Haut-Marbuzetの Henri Duboscq(アンリ・デュボスク)である。

IMG_6178.jpg


 PauillacとSaint-Estèpheを二つに分つ Jaille(Médoc地方で「小川」を意味する言葉)が、Château LafiteとCos d'Estournelの間にあるが、さらにCos d'Estournelのすぐ北側にも小さな溝地があり、そこからMarbuzetの丘と呼ばれる大地が広がっている。ここはSaint-Estepheの中でも最良の区画の一つとされる。Marbuzetなる畑は、1770年にSylvestre Fatinなる人物が二人の娘、PétronilleとRoseに分割相続させたことによって名を知られるようになった。そして1825年、Jacobiteのアイルランド人のMacCarthy家が相続し、その名声は確たるものとなる。1848年、遺産相続の問題によって、畑は分割化して、Poissonier家がHaut-Marbuzetと呼ばれた7haの畑を所有することになった。しかし残念ながら、1855年のBordeauxワインの格付けの際には評価されはしなかった。やはり、この時代は小さな Châteauに注目があつまる時代ではなかったのである。時代は下り1952年、農業も醸造の経験もなかったHervé Duboscqがその畑を購入する。彼は Langon村のSNCFの副駅長だったが、当時のフランスは戦後でワイン業など見向きもされなかったために非常に地価が安かったのである。彼は独自の方法でワイン造りを行い、愛好家の心をつかんだワイン造りを行った。最初は7haしかなかったが、彼は一つ一つ畑を購入して買い足していき、かつてMacCarthy家の持っていた畑を再築しなおしていった。今では 75haの畑を有し、常時の従業員は40名ほどいる。その成功は、もしも格付け見直しがあれば、昇格は間違いないChâteauの一つと見なされているほどである。

          IMG_6191.jpg
          Hervé Duboscqの肖像。息子のHenriとそっくり!

 Henri Duboscq(アンリ・デュボスク)。
1962年よりChâteauに参加し、1974年に父の跡を継いだ彼は、総責任者かつ、栽培責任者であり、醸造責任者でもある。畑ごとの品種選び、樽の選択、ブレンドはもちろん、マセラシオンの期間など、すべての決定は彼が判断し下す。研究室でアナライズした味は作りたくない。別に他の地方では当たり前のような事が、こういう大きなワイナリーでは逆に珍しい。「ワインメーカーは作曲家のようなものだ」と彼は言う。まるで音と音を繋げて調和をつくる作曲家のように、与えられた条件の中で、そのテロワールとヴィンテージのありのままの香り、味わいを生み出すことがワインメーカーの本質であると彼は考える。


          IMG_6271.jpg


 Saint-Estèpheの土壌はギュンツ氷河期の砂礫質ではあるが、Médocの中でも最も肥沃で、粘土質である。このアペラシオン自体が一つの台地上になっていて、Château Lafiteから眺めると小高い丘の向こうに畑が広がる。だからこそ、水分ストレスを嫌うCabernet Sauvignon品種に適しているのは、アペラシオンの中でも排水性の良い急斜のある場所ということになり、格付けシャトーはアペラシオンの中でも隅側に集中することになる。では台地の上部にあって、斜面の少ないHaut-Marbuzetはやはりテロワール的に不利なのだろうか? 

IMG_6190.jpg


 Haut-Marbuzetの品種構成は、Cabernet Sauvignon 50%、Merlot 40%、 Petit VerdotとCabernet Francが10%である。Medocのワインとして、Merlotの比率が非常に多いのがわかる。先代 Hervé Duboscqが、50年代になって大幅にMerlotに植え替えたためである。鉄分まじりの粘土質石灰土壌にMerlotを植えるのは、実に理に適った選択肢であった。そして彼がもともと、ワイン生産者でも、メドックの人間でもなかったことによる、慣習に囚われない、自由な選択眼をもっていたからであった。近年でもSaint-Estèpheにおいて、Merlotの比率が多くなってきたとはいえ、「先代のDuboscq氏がMerlotを沢山植えた時代には、周りのChâteauから嘲笑された」という。Pomerolに似て、粘土が多く、タンニンが固くなりそうな土壌の下では、Merlotを多く植える選択は正しいはずである。逆に丘の上部であることの利点もある。ジロンド河から離れているために、霜の被害は少ないという。



IMG_6276.jpg


 栽培哲学は、有機農法に近いリュット・レゾネ。特に除草剤の廃止は重視しているところで、「自然酵母での発酵を可能にする鍵」であるという。だから鋤のついたトラクターで畑を耕すことは欠かせない。収穫は勿論、手摘みが原則。収穫人のその大半のメンバーはスペイン人で毎回、同じ顔ぶれだという。50年来、毎年来る者や、その息子、孫なども加わって、約2週間、100人程度で収穫される。いつも同じ収穫人だと意思の疎通もできやすいし、Haut-Marbuzetが求める完熟した葡萄のみの使用という哲学を守るために重要なことなのだという。



IMG_6270.jpg

植樹密植の割合は1haあたり9000本。最近ではHenri Duboscqのお遊びで、Merlotのパーセルに他の品種を混植してその味わいの差をテストしている畑もあるそうである。



 発酵用の槽は三種類ある。コンクリートタンク、ステンレスタンク、そしてフードル(木製大樽)。Duboscqが最も重視するのがコンクリートタンクによる発酵だ。それは自然酵母の発酵を促し、何よりも去年の発酵を起こした酵母が死なずに生き残っているのだとも考えている。「除草剤無添加による畑に残った新しい年の酵母が、コンクリートタンクに残っていた、前年までの古い酵母の眠りを呼び起こして、新たに発酵することが重要なのだ」という。事実、フードルだと自然発酵が起こりにくいそうだ。特に35度以上だと死んでしまう酵母は、暑い年には生き残りにくい。2009年のような暑い年には、フードルで自然に発酵することがなかったそうである。ファーストワインにはコンクリートタンクとステンレスタンクを使用し、フードルはセカンドワイン用である。
 

IMG_6179.jpg

抽出はルモンタージュのみ。


          IMG_6185.jpg

          温度調整のためのステンレスタンクがついていて、これで35度以上にならないように調整する。



 彼の醸造哲学に、新樽を100%使用する一つの信念がある。樽香をつけること、ストラクチャーをつけることの重要性という意味ではなく、それが衛生的に良いからである。発酵の際には、前年の酵母が重要だといっていたのとはまた違った側面から、エレヴァージュ時には、衛生面に注意を払うわけだ。使用する樽は、パーセル・品種ごとに異なり、それも毎年変えるために、収穫の際に Duboscqの知識とインスピレーションで購入される新樽が決まる。エレヴァージュ時の樽の中のワインはすべて異なり、別々の個性をもつことになる。それらは約15-18ヶ月後にブレンドされ、瓶詰めされる。彼らは樽のスペシャリストであるから、樽の性質について彼らの考え方を伺ってみた。「Allier産はトースト香やヴァニラ香、Tronçay産はヴァルサミコやcédre(シーダー)の香り、Nièvre産は蜂蜜やシナモンのニュアンス、Vosge産は力強さ、Sarthe県のJupille産はフローラルさをそれぞれ与える。Limoge産はタンニンが強くなりすぎて、開くのに15年くらいもかかるような味になってしまうので使わない」。これらは三年間、外でシーズニングした木材のものを使用し、焼き加減は基本的にミドルを選ぶ。昔は焼き加減を強すぎた時代もあったが、何度も試行錯誤した後に、このような結果に落ち着いた。ノンフィルター、ノンコラージュなので、そのために三ヶ月ごとにスーティラージュを行う。したがって、一つのヴィンテージにだいたい5回のスーティラージュ。


          IMG_6187.jpg

雹の降った2013年は33%の収穫減。2013年の使用樽は Taransaud社と,maury社のAllier(アリエ)かTronçay(トロンセイ)のみである。ちなみに1000樽当たり約1億円計算とのこと。


ワインの試飲


2007
グラスが立ちこめる香ばしいアロマ。丁字っぽいスパイス香がスッとあがってくる。実にSaint-Estèpheらしいとおもわせる陶酔感のある香り。味わいはまろやかでエレガント、とても長く残る。2007年はそれほど評価されていないが、こんなにもチャーミングに、そしてコンパクトなバランスよく仕上がり感があって、実に美味しいワインである。

2008
2007年より閉じこまった、少し清ました印象。果実香とベジタルさ、複雑味。アタックの味わいに猛々しい要素はなく、おとなしい印象だが、タンニンはやや荒い。まだ若く時間を必要としている。それが時間とともに綺麗なバランスを生んでくれるだろう。

2010
高い果実香、ジューシーな印象にほどよいオリエンタルなスパイスが混じる。最初の果実を楽しむ飲み方もできる感じで味わいの輪郭の強さ、葡萄本来のもつ、エネルギーを感じる。勿論、全然若くて待つべきワインであるのだが、時間とともにその美しい姿が花開くだろう。


IMG_6177.jpg

Saint-Estepheの物価の高騰は激しい。先日、Cos d'estournelの買収の話は記憶に新しいが、近辺のシャトーは次々に所有者が変わっている。一つ丘の向こうにある Château Montrose買収の金額は1haあたり、200万ユーロであると聞く。



          破砕からコンクリートタンクへの道順

          IMG_6180.jpg

          IMG_6184.jpg

          IMG_6181.jpg


          IMG_6182.jpg


          IMG_6183.jpg






まとめ


 今回は Henri Duboscqという人物について書いたのであるが、実のところ、訪問中に彼は不在であった。まだ会ったことのなかった人物だったので、非常に残念なことではあった。しかし、このワイナリーに来れたことで、彼の人となりや思想を理解することができた。品質向上への信念。他者にはないアイデア。有機的アプローチの重要性への着眼。地道なワイナリー拡大の継続。偉大なる父親の仕事を見事に引き継ぎ、次世代へと繋げた、彼の努力は、彼のワインの中に宿っているのだ。
 さらに今回のBordeaux訪問において痛感したのが、Bordeauxのワインは私が考えていた以上にテロワール(土壌・風土・気候)に根ざしたワインであったことである。Saint-EstèpheからBordeaux市まで自転車で巡ってみたが、それぞれ砂礫質土壌の大地であるということは知っていても、それぞれの村の畑の違いは一目瞭然であった。砂礫の量、粘土質か砂質か、石灰岩の多さ、丘地、向き、土の色…。Arcins村とMacau村はその間の AOC Margauxからはずれているだけなのに、AOC Haut-Médocとしか名乗れないのは、土壌は砂質なのであって、Margauxのような重く真っ黒な土壌ではないからである。村ごとのアペラシオンを分つ、丘地と溝地の差異、そのほんの少しの差がワインの格を分ける。ここBordeauxにおいても、テロワールがワインの個性を生んでいるのだ。
 なぜ、Saint-EstèpheにMerlotが適するのか、それは粘土が多いからである。水分ストレスを嫌う Cabernetよりも熟成の早いMerlotの利点。格付けのあった1855年ごろは、この地に Merlotを植えると言う慣習がなかったから、その実力は発揮されなかった。旧来の枠組みに囚われない自由なワイン造りを続けて来た、この村のワインは今でこそ、Cru Bourgeois の宝庫であると見なされ、その品質の高さは他にひけをとらない。Haut-Marbuzetのワインがその代表的な一例で、2009年にロンドンのワイン商によって行われた非公式な格付け見直しにおいては、四級格の評価を得たのである。



          IMG_6189.jpg

今回の訪問の際に案内していただいた、Patrick Pazeciere氏。Hervé Duboscq時代からカーヴで働いていて、Haut-Marbuzetのすべてに通じている素晴らしい方だった。
スポンサーサイト
[ 2014/08/11 01:31 ] VR(Visit Report) | TB(0) | CM(1)



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。