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灌漑 -Irrigation-

 作物は、水がないと育たない。人が水分を摂取しないと数日で死んでしまうように、地球上のほとんどの生物にとって水は必要不可欠な栄養分である。それは葡萄の樹とても例外ではない。


    P1150702.jpg
    イタリア南部、プーリア州における灌漑設備。灌漑用ホースを付けた葡萄畑は、温暖な産地でよく見られるようになった。


 古来より人間は、作物を枯れさせない様に、畑に水を撒く技術を編み出してきた。この灌漑の技術は、多くの野菜・果樹を育てることを可能にし、人間が農作物を供給することの出来る余地を作った。灌漑の技術は権力と密接に関わり、エジプト王国や、中華帝国など、あらゆる国々で治水事業が行われた。作物のならない不毛な地、人が住めないような地に水を通したことは、人類の歴史の歩みにとって、とても重要な出来事であったと考えられる。

 アメリカ・オーストラリアを中心とする新世界においては、灌漑なくして葡萄作りは考えられない。非常に温暖で、夏の期間に雨の少ないこの地の葡萄畑においては、水分が不足しがちで、葡萄は強いストレスを強いられる。実に新世界の全栽培面積の83%、580000haが灌漑を実施していて、特にアルゼンチンにおいてはすべての畑(205000ha)において行われている。しかしながらヨーロッパ(旧世界)においては状況が異なる。年間降雨量が高く、十分な水分が確保されるヨーロッパにおいて、人が葡萄畑に水を撒く行為など不必要なものであった。逆に、太陽が燦々と照り、雨の少ないヴィンテージにおいてこそ、良いワインができる旧世界では、これ以上の水分供給は必要とされず、畑に排水管を設置しているほどである。

 フランスを中心とするヨーロッパのワイン産地では、長く灌漑が禁止されていた。葡萄畑に対する人工的な放水は、ワインの個性と品質を損ない、収量を増加させる手段と考えられてきた為である。しかしながら近年ではその流れにブレーキがかかるようになってきた。フランス南部の産地、Languedoc-RoussionやSud-Ouestでは、深刻な飢饉がここ10数年続いており、生産量が減少している。旧世界の栽培上の常識では、夏期に水分制約を受けると、葡萄のフェノール分と糖分は濃縮し、葡萄の品質が高くなる。しかし過度の水分制約を受けると、結実不良や乾燥を引き起こし、収量を下げるどころか品質をも下げる結果となる。最悪の場合、葡萄の樹を死に至らしめる。このような事態が長く続いた南フランスの生産地を救うために、ようやっとINAOも重い腰を上げた。条件付きではあるが、灌漑を認可するに法律が制定されたのだ。

 1953年9月30日付けのデクレにて禁止されていた灌漑法は、2006年12月4日付けのデクレによって改定されることとなった。内容を要約すると次のようになる。

・8月15日(もしくはヴェレゾン後)から収穫までの期間の灌漑は禁止される。
・Vin de PaysとVin de Table用の畑には収穫から8月15日(もしくはヴェレゾン後)までの灌漑は認可される。
・AOC畑においては、収穫から5月1日までの灌漑は認可される。しかし、6月15日(もしくは開花)から8月15日(もしくはヴェレゾン)までの間は禁止される。灌漑の許可を得るためには、アペラシオン保護協会から灌漑の正確な期間をINAOのディレクターに要請しなければならない。この要請は、区画ごとの正確な調査を必要とされる。


 ここ十数年来、地球温暖化の科学的論証が唱えられつつある。フランスの葡萄産地の気候の変化はだんだんと深刻な様相を帯び始めている。LanguedocのINRA(Institut National de la Recherche Agronomique)が管轄するドメーヌ、Pech Rougeにおける調査によって、断続的な水不足が、90年代から10年代にかけて続いていることがグラフ化されている。水分が不足すると、葡萄の成長が未発達のまま停止し、光合成が減り、若枝の先が死に、根の発達も妨げられる。過度の水不足は次の数年の収穫にも影響する。2006年以降、灌漑は多くの産地で実践され始めて、今現在、南フランスにおける現在の灌漑面積は23000haに及び、全体の10%にまで達した。実に多くの生産者が灌漑の恩恵を受けるようになった。ヨーロッパの他の国でも、灌漑を許容する法律ができつつある。スペインにおいては全体の22%、196693haにおいて灌漑が適応され、イタリアは全体の10-15%、そしてポルトガルにおいても、灌漑面積は増加しているとのことである。


   IMG_2115.jpg
   カリフォルニアの Au Bon Climatワイナリーにて。この国において灌漑を行う事は必然であると言える。


 昨年に、カリフォルニアを訪れた折りに一際目立ったのが、どの畑にも灌漑用ホースが設置されていたことである。カリフォルニアの気候は非常に温暖で、降雨量は少ない。旧世界においては、夏に雨が少なかった年が偉大なヴィンテージになるケースが多いが、カリフォルニアではその逆で雨がある程度降った方が良いのであると言える。
 しかしながら、如何に雨が降ってくれるかということが重要で、年中雨が降れば良いと言うわけではない。葡萄にとって水分が必要なタイミングと、水を与えすぎてもいけない瞬間は存在する。年間の降水量から、それぞれの産地の個性を捉えることはできない。次に産地ごとの降雨量のデータを調べてみた。

               年間降雨量(mm) 4-9月、発芽から収穫までの降雨量(mm)
California(Sonoma)         747.4        82.8
Bourgogne(Dijon)         722.2        383.9
Alsace(Colmar)          581.4        350.2

 CaliforniaとAlsaceの差から明確なように、年間の降雨量だけでは推し量れない事実が確認される。北カリフォルニアのSonomaは年間降雨量でこそBourgogneに匹敵し、Alsaceよりも多いにも関わらず、Sonomaの雨期は冬に集中して、葡萄の生長に重要な夏の期間に、あまりにも雨が少ない。Franceでは年中ほぼ一貫した降雨量であるのに対し、Californiaでは冬に雨が降り、夏には雨が降らないのだ。この事実は葡萄の生長にとって、とても大きな影響を与えるだろうことは想像に難くない。フランスワインの酸味とアメリカワインの熟度は、全体の降雨量よりも、夏の期間の差が生みだしているのである。

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3年前、Bourgogneの畑で働いていた時の写真。水はけの悪い土壌のもとではすぐに土が水びたしになる。農薬を撒きすぎた畑ほどそうなりやすい。

 このように新世界においてポピュラーとなった灌漑も、旧世界では未だに批判的な考えが強い。灌漑の利点と欠点をまとめてみた。

利点
 ・葡萄の樹の枯死を防ぐことができる。
 ・葡萄の育たなかった産地での生産を可能にする。
 ・適度な水分を確保することは、衛生状態を保持できる。
 ・灌水のタイミングを見計らうことで、ワインの味わいのタイプを変えることができる。
 ・肥料を同時に混ぜることが可能で、そのことが農薬量を減らす事に繋がる。
 ・水分不足で、アロマが減少するテルペン系の品種にとって相応しい。

欠点
 ・水のコストの高さ(ただし、ドリップイリゲーションではある程度制御可能)。
 ・灌漑のやりすぎは、塩水化を引き落とし、生産性を落とす。さらに栄養素が土壌から浸出し、土壌の酸性化を招く。葡萄は塩化物に弱く、クロローシスが発生し、続いて光合成が弱められた結果として果実の熟成が遅れ、小さい実になり、糖分が不足する。さらに養分は土壌から浸出し、土壌の酸性化を招く。
 ・灌水を過度に行うと茎の発達や果実の熟成に影響を与える。過度に大きい果実になり、中の糖分とアントシアニンは減り、房が小さくなり、病気になる確立が高まる。


   Fontaine Chrolo001
   クロローシス(黄疸)に冒された畑は、生産者ごとに比率が異なる。灌漑を行った傷跡なのかもしれない?



さらに、灌漑といっても、色々な方法が存在する。大別すると、次のように四つにわけることができる。

1、Irrigation à la raie (畝仕立て) Furrow Irrigation
 葡萄の樹の列に畝を作り、間に放水する方法。アルゼンチンで主に行われていた方法で、アンデス山脈の雪解け水を利用する。コストがそれほどかからず、葉を濡らさない点が良いが、畑の大量の区画に蒸発効果がある、区画ごとに均等に灌水できない、チューブを交換するなどの作業の為に、時間コストがかかるなどのマイナスもある。

2、Aspersion sur frondaison(葉上からの灌水) Center Pivot Irrigation
 巨大な灌水用の機械を葡萄畑の中に設置して、自動的に灌水する方法。機械調整の最小化、作業の自動化などの利点がある一方、風向き状況に対応できない、ポンプとプレスの価格が高い、葡萄を傷つける可能性がある、葉を濡らしてしまうので、病害や寄生虫の被害の拡大しやすい、均等性の欠如、基本料金の高さ、など欠点も多い。基本的に葡萄畑には適さない方法であると言える。

3、Aspersion proche du sol(地表沿いの灌水)
 小さな灌水機を畑に設置する方法。果実と葉を濡らすリスクが少なく、比較的均等な灌水が可能で、ポンプのコストが高くない、風の影響も少ないなど利点が多い。ただし、監視が難しく、畑の葉管理と雑草管理のコンディションを保たなければならない、畑を設置するので、トラクターが通りにくくなる、非常に綿密な検査を続けなければならない、などの問題点がある。

4、 Irrigation localisée(goutte à goutte)(ドリップ・イリゲーション) Drip Irrigation
 最も普及している方法で、畑の各列にホースを通して、それぞれの樹の周囲に点滴状の水を灌水できる。ポンプのコストは低く、葉を濡らすリスクもなく、均等な灌水が可能で、畑へのスムーズな設置が可能である。さらに使う水の量をコントロールしやすいために、水のコストも抑えることができる。欠点は、水が常に確保できる状態でなければならないのと、メンテナンスと設置作業の困難さ、さらに良質のフィルター掛けが必要である点が挙げられる。

 このように色々な種類の灌漑方法が採られているが、今日では概ねドリップイリゲーションを使う産地が多く、フランスなど旧世界ではほぼ、この方法が導入されつつある。



 葡萄畑の現在の水分量の測定は、葉に窒素ガスを吹き込み、そこからでる樹液の量を測る事によって行われる。その結果に応じて灌水の量を決定する。葡萄にとって水は生体を維持するために必要不可欠であるが、過剰な水の摂取は、葡萄の品質を損なうのみであり、灌水するタイミングが重要である。INRAのHernán Ojeda氏の研究データから葡萄の生長にとっていつ水分供給されるべきかの詳しい図が得られた。

   UEPR_model-net.gif
   Source; Hernán Ojeda "Irrigation qualitative de precision de la vigne" Le Progrès Agricole et Viticole N°7 2007

・発芽ー開花 期間; 枝の正常な生長のために、十分な水分を確保することが必要。水分制限を受けると、枝の生長は減り、開花、結合、もしくは光合成にも影響を与える。このような初期段階の問題を防ぐために、冬眠期間終盤から灌水を開始することが多い。
・開花ー結合 期間; 水分を十分にやることが、花の結合率を高められる。茎に十分な水分供給が整っていないと、完全な葡萄の房を得る事ができないと考えられる。ただし、この時期に雨が降ると、物理的に結合を妨げてしまう(灌水ホースの方が効率が良いという結果になる)。
・結合ーヴェレゾン 期間;収穫量に最も影響する時期である。水分制約は細胞器官には影響しないが、実の大きさを減らす結果となる。(開花からヴェレゾンまでの十分な水分獲得が生長に必要)
・ヴェレゾンー成熟;この時期の水分の量がワインの品質を決定する。水分の制御を抑えることで、収量は上がり、ワインは葉のアロマ、水分が多く、酸が高くなる。厳しく水分を制御することで収量が下がり、ワインは、タニック、重く、アルコリックになる。水分制約が高すぎず、低すぎない事が最も重要となる。
・成熟ー落葉;この時期に水分を確保しないと、この時期の生長を混乱させてしまう



 さらに上記の葡萄畑のサイクルから、様々なタイプのワイン造りにおいて、次のような灌水を行えばよい事が理解される。

      figure7.jpg
  Source; Hernán Ojeda "Irrigation qualitative de precision de la vigne" Le Progrès Agricole et Viticole N°7 2007

図A: 年間に一貫して灌水し続ける方法。水分制約は避け、常に水分供給ができるようにする。葡萄ジュース用(テーブル・ワイン、幼木用)。
図B: ヴェレゾンから収穫まで期間のみ灌水を制限する方法。実の大きさと光合成を損なわないよう、さらに、糖分と特にアントシアンを多く含有するように、ヴェレゾンから収穫の期間の水分制約は少なめ〜普通にする。アロマティック白ワイン、フルーティー赤ワイン
図C: 結合してからヴェレゾンに至るまでの過程で、水分制約を行う方法。完熟までの期間に、乾燥したコンディションを整え、実を濃縮(フェノールの値と、強いアロマを含むアントシアン)し、収量を抑えることができる。濃縮ワイン
図D:開花後に強い水分制約を課す方法。よく葡萄の状態を見極めることで、アントシアンは濃縮し、さらに実は濃縮する。 熟成型ワイン。


     P1120350
 まだ収穫のできない幼木(0-3年)への灌水は年中を通して許可されている。というのは、まだ根が土壌に深く這っていない幼木にとって水分供給が十分でないと、すぐに枯れてしまうからである。1ha辺りに6000〜1万本植えるフランスの農家において、これら幼木が育たないと大変な経済的ダメージを被るわけである。特に私がAlsaceにおいて2011年は大変な水不足の年であったこともあり、植樹したての木の生長にヤキモキさせられ、オーナーのストレスは酷かった。醸造家たちが、高品質だが根付きの悪い161-49の台木よりも、安易で生産性の高いSO4の台木を選びたいと思う理由がよくわかったものだ。



まとめ

 灌漑を行うことは、果たしてワインを生産する上で、良いことなのだろうか? 基本的に多雨で、優れた保水性質を持つ粘土質石灰岩の多いフランスにおいては、『灌漑』システムは『テロワール』の歪曲行為であると映るのかもしれない。この技術のおかげで、もともと葡萄を植えることの出来なかった土地でも、ワインを生産することが可能となる。より均等な品質のワインを生み続けることができる。要は、乾燥した年には水を多めに撒き、冷涼な年には灌水を止める。それだけで、ある一定水準の品質のワインが毎年生み出す事ができるのだ。もはやワインとは、古人が数百年の歴史の中で探し出し、見つけだされた、優良の畑でなくとも、人工的な灌水技術があれば、どんな場所でも高品質のワインが作れるということである。古人が、土地と気候に適合した葡萄品種を選んできた旧世界のようなやり方は古くさく、灌漑技術があれば、自分好みの葡萄品種が育つように土地を改良・改変することができる可能性を秘めているというわけである。

 故福岡正信氏が唱え続けた、それぞれの土地に根ざした食物を食べ続けることが、結果的には美味しく、健康に良いという、『身土不二』という考え方に傾倒している私には、灌水に頼らなければならない葡萄作りは異質なものを感じる。果たして、灌水までして葡萄産地を増やすことが必要なことなのだろうか。世界中の需要が新しいワイン産地を望んだとして、気候にあわない場所で栽培することが重要なことなのだろうか。ワインとは、恣意的に「造られる」べきものであるのだろうか。我々が、いつもMontrachetというワインを飲む時に感じる喜びは、Montrachetは「造られた」からではなく、「生まれてきた」ものだからである。かつて人々は、その気候、降雨量、土地にあった葡萄品種を植えることでワインを作ってきた。ワイン用の葡萄を植えるべき場所をちゃんと見据え、選びとってきたわけだ。その過程の中でいつしか優れたテロワールを発見し、品質の高いワインを生み出せる産地を、品種を、栽培法を、醸造法を生み出して来たのだ。土地に手に加えることで、品種を全く異なった土地に順応させることが、理に適った方法であるとは思えない。例えば、Pinot Noirが上手く育たないのであれば、灌漑してぎこちないワインを造るのではなくて、替わりにその地に適応するであろう、Grenacheを植えれば良いのではないだろうか? 

 しかしながら、近年の南フランスの不作事情は、葡萄作りを経験した私には身が詰れそうになる。葡萄がいつものように育たない。引き抜かなければならない木が多くなる。環境が変化して、これまでの生活が続けられなくなるかもしれないという危機感。品質の前に、安定した収入あっての葡萄栽培である。すべてを捨てて一からやり直す位ならば、灌漑という方法に頼りたくなる気持ちはよく理解できる。私は『灌漑』とはワインを造るための『必要悪』の手段なのだと感じる。無ければ無いにこしたことはない。
 今までのように育たなくなった原因が、温室効果ガスの放出といった、人為的な理由であるのだとすれば、これは人類全体の功罪が葡萄畑にまで皺寄せているのだと言える。もしかすれば、いつか近い将来に、地球の温暖化が深刻化して、BordeauxやBourgogneといった産地においてすら、それぞれの品種が上手く育たなくなる時代が来てしまうのかもしれない。そうなれば、我々は最後の手段として灌漑に頼らなければならなくなるのかもしれない。 灌漑技術の導入というテーマで本当に問題にしなければならないのは、実は環境問題なのである。実に、環境が破壊されることによって、ワインの味わいもまた破壊されるということである。


     vignes Pfarz3
ドイツ、Pfarz地方にて、ドリップイリゲーションのホース。如何に、ドイツ南部であるとはいえ、灌水するほどの水不足に陥っているのだろうか? 実は、さらに南のBaden地方、Kaiserstuhlにおいても同じように灌漑を実施している畑を見た。



資料
Hernán Ojeda "Irrigation qualitative de precision de la vigne" Le Progrès Agricole et Viticole N°7 2007
Hernán Ojeda "L'irrigation de la vigne ; Situation française,Europeenne et Mondiale" Revue des Oenologues et des techniques vitivinicoles et oenologiques N°137 ; 36-37, Novembre 2010

ネット資料
http://www4.inra.fr/cepia/Vous-recherchez/des-resultats/irrigation
http://www.vignevin-sudouest.com/publications/fiches-pratiques/irrigation-vigne.php#ancre1
http://blog.livedoor.jp/sugaihi-wineliteracy/tag/ワインと灌漑
http://ameblo.jp/rokudenashichan/entry-10740020764.html
http://www.les5duvin.com/article-irrigation-ou-pas-la-est-la-question-72676788.html
http://www.reussir-vigne.com/actualites/irrigation-viticulture-irrigation-une-urgence:KGE3ZAL9.html
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[ 2013/01/10 09:17 ] 栽培 | TB(0) | CM(0)

Pourriture Acide(酢酸腐敗)

ワインの味わいのメカニズムをより理解するためには、葡萄畑を知らなければならない
その中で、醸造家の栽培哲学、栽培にあたっての心得を知る事はとても重要なことであるように思える
栽培に関する知識は、いまいち、一般のワイン書には載っていないテーマであるが、このブログでは敢えてそのようなマイナーなテーマを掘り下げてみたいと思っている

今回は、アルザス地方やドイツで多い腐敗である酢酸腐敗について調査してみた
内容の多くは Alain Reynier著の Manuel de viticulture 10e édition(Lavoisier社)に準拠している



 Pourriture Acide

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 Pourriture Acide(酢酸腐敗)は、1899年に、Joseph Capus(病害についての多くの書物を残し、AOC法とINAO成立に関わった人物)によってSauterneにおいて確認された病気である。多くの国(アメリカ、チリ、イタリア、スペイン、ウルグアイ)で見られ、フランス内でも多くの地方(Alsace,Ardèche,Vaucluse,Gard,Var,Bouches du Rhône)に及んでいる。収穫の際に湿気の多い畑で発症しやすい。特に、1982年、1987年、1990年、1991年、1992年、1997年、1999年に多く発症。



 夏の期間に、白ブドウの色が赤いレンガ色を、赤ブドウが紫がかった茶色を帯びる事がある(最も頻繁に見られるのが、列の端の樹もしくは、隅の列)。最初、ブドウの実の皮がすべすべした状態になり、次ぎに果肉が急速に果汁の色を残しながら溶液化する。
 この現象は、1)ショウジョウバエ(Drosophiles、果実の虫、もしくはヴィネガーの虫)の成虫が実のまわりに大量に飛び交い、2)ショウジョウバエの幼虫もつぎつぎと発生し、3)ツンと刺すような酢の匂いが辺りに漂うようになる。
 傷つけられた実の中身は次第に空になっていく。病気の悪化の後、渇いた天候になると、果梗に残るのは膨れ上がって硬く、ミイラ化した皮だけが残る。被害は夏の間に現れ、色付きから収穫の間の雨がちな期間に見られる。この病気の進行を見つけ出すためには、ブドウの実の内側をよく観察しなければならない。手につかむと、すぐさま実は弾け散ってしまうようになる。

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   蜂によって傷つけられた実は、腐敗の原因となりやすい

被害

 1. ブドウへの直接の被害;大なり小なり、収量の減少。衛生状態が悪化し、実の形が変成し、良くないヴィネガーの香りが立つ。
 2. マストとワインへの間接的被害;マスト内の揮発酸の値が上昇(通常の2-4倍)。発酵は清潔なマスト以外のいつものと異なる酵母によるものになる。ボトリティスや、二次的細菌の影響も累積されて、グルコン酸の値が増える。収穫の際の酸の腐敗の状態によってワインは、MLF後に揮発酸の値が2-3倍にまで上昇し、消費用には適さず、結果として酢になることがある。Pyrénées山脈東部のMuscatは、この病気によって潜在アロマがなくなることが発見されている。選果と醸造テクニック(8-10g/hlの硫黄添加、アルコール発酵が始まるまでに選択酵母を使用、発酵後にMLF用のヴァクテリア添加)を行なう事によって、この大半の部分を取り除ける。

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 傷口から腐敗しやすくなる。そのことはつまり、雹害を受けた葡萄畑にもこの腐敗のリスクがあるということを意味する。


感染

 この伝染性の病気には沢山の寄生者が存在する。ブドウの実の中の寄生者と密接に関連している。まず間違いなく挙げられることは、酢酸性の酵母とヴァクテリアが、果肉の細胞の有機物を変化させ、かつさらに、ショウジョウバエが卵を生み、幼虫の生育させることである。さらに、ネマトード(線虫)の影響も挙げられるだろう。

 一般的に酢酸性の酵母とヴァクテリアは、収穫の際に清潔なブドウの中に見つけられる。この微生物は、冬の間は土中に過ごし、ブドウが青い内は姿を顕さない。塵や昆虫に運ばれてブドウの白粉の中までやってくるが、Véraison(色付き)が終わってからのみである。昆虫の中でも、特にショウジョウバエは、脚でこれらの微生物を運び、排泄物と一緒にブドウの上に残して行く。酵母の90%近くはこれらの菌、特にKloeckera apiculata種による。菌類、乳酸ヴァクテリア、酢酸ヴァクテリアはこの自然の細菌叢の中に含まれる。酢酸に冒されたブドウは、Kloeclera apiculataの他にも、普段はあまり多くない酵母(Metschnikowia pulcherrima,Candida diversa,Candida stellata,Pichia membranaefaciens)も含まれ、酢酸エチルとアセトアルデヒドをつくり出す可能性もある。酵母の他にも、酢酸ヴァクテリア(Gluconobacter sp.)や乳酸ヴァクテリアから原因を見いだせる時もある。これらの細菌類はブドウの糖分のある場所に入り込むとすぐに活発に活動し始める。これらはある種の発酵を引き起こしながら、ブドウを変質させ、酢酸を生み出す。

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ショウジョウバエ。驚くべき繁殖スピードで増える。ちなみに、グラスにこの蝿が入ると、ワインの味わいが極端に落ちるので要注意!

 ショウジョウバエ(Drosophiles)は、ブドウ滓、澱の堆肥、傷ついた果実に大量に発生してたかる蝿である。黄褐色で、腹は黒く、眼は赤い。膜翅を持つ。雌は2.5-3mmの大きさで、雄は雌よりも少し小さい。(ブドウや果実の)発酵を換気し、そこから養分を採り、卵を産みつける。果実の周りを動き回り、綺麗なブドウの上に酵母や細菌を排泄物と一緒にまき散らす。
 ブドウの実に裂け目が出来たり、傷口から液体が流れたりすると、ショウジョウバエは大量に発生し、卵を産みつけ、急速に増殖し、倍増する(雌はその短い一生のうちに、500から900個の卵を生む)。1-3日後に生まれる幼虫は、果肉の中で、三つの形態へと変化する。もしも適切な天候の下であれば、10-12日後には新しい世代が誕生する。ショウジョウバエは指数関数的に増殖する。このように絶えず、無数に増える蝿は酢酸を伴う微生物を大量に感染し、拡大させる危険性をはらんでいる。
 ブドウ畑に現れ、酢酸腐敗を起こすショウジョウバエは二種類存在する。Drosophylla melanogasterとDrosophylla simulansである。これらの蝿は果実の中で生育し、夏の間は果樹園で過ごし、その後にブドウ畑にやってくる。Mouche des fruits(日直訳;果実蝿、英:fruit fly)とも、Mouche du vinaigre(日直訳:ヴィネガー蝿)とも呼ばれる。
 これらの蝿のみが、酵母とヴァクテリアを媒介するわけではない。ブドウの実に排泄物と一緒にそれらを残すネマトード(線虫)もその媒介者である。裸眼では見えない、各種のネマトードは、酢酸腐敗した実の皮に発見できる。Turbatrix aceti種が、南部のブドウ畑の品種においてよく見られるネマトードである。イタリアでは、Panagrellus zymosiphilusと名付けられたヴィネガー線虫が、ヴェローナ地区のブドウ畑でしばしば発見される。

 感染は、ショウジョウバエが酵母とヴァクテリアを皮においた時点から始まる。そして酢酸を発生させるアルコール発酵を引き起こす。暑く湿気の多い天候であれば、傷ついた実に集まってきたショウジョウバエが次々と増殖して、微生物を次々と運び、感染は爆発的に増える。感染は、雨がなく、湿気のなくなった期間に停止する。

http://fr.wikipedia.org/wiki/Fichier:Drosophila_melanogaster_-_side_(aka).jpg
(ショウジョウバエの写真参照)
http://fr.wikipedia.org/wiki/Fichier:Ascaris_lumbricoides.jpeg
(ネマトードの写真参照)


発症しやすい畑

 酢酸腐敗はしばしば、暑く湿気がちで、傷ついた実のある、同じブドウ畑にて発生する。
 傷跡:ブドウの皮の傷跡に、養分が流出し、微生物の活動において有利な条件が整う。過剰な水分によって繊細な皮が裂けて小さな傷がついたり、雹によって傷ついたり、ウドンコ病による傷、ハマキガによる傷、蜂による傷などが考えられる
 品種ごとの感受性:かかりやすい品種は、実がギッシリつまっているためCarignan,Grenache,Muscatなどで、皮の薄いCinsaultや、またそれとは違った理由から、ChardonnayやPinot系品種も挙げられる
 樹勢の高い畑:ブドウがよりぎっしりとつまっていて、実が傷つきやすく、葉も多いため湿気がたまりやすい
 気候条件;雨期で暑い時期のブドウに湿気の溜まりやすい夏場に起こりやすい。湿気の高いもとで、端の樹に蝿がたかりやすく、病気になりやすい。
 ブドウのエクラリッサージュ:地面にブドウの実を落としたままにしておいても病気が発生しやすくなる

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腐敗末期状態。実はオレンジ色に変わるか、水分が抜けてカラカラになる。そして悪臭を放ち、周りにはショウジョウバエが飛び交う。


病気を防ぐためには

 畑の樹勢を減らすことが肝心で(カヴァー・クロップなど)、ブドウの換気をよくする必要性(きちんとした整枝、実のなる部分の適度な除葉)がある。そして、ベト病とウドンコ病をしっかりと防ぎ、ハマキガなども除く必要がある。


発症後措置のために

 銅散布;実の皮と傷跡を固める。なかなか効果的で、50%-60%の成功率がある。色付きの頃、ブドウの房にボルドー液を10-12日の間隔で2-3回撒く。量は少しづつ減らす(15kg/ha,10kg/ha,7-8kg/ha)。
 殺虫剤:これだけで効果的であるわけではないが、ショウジョウバエの成虫が現れると同時に行ない、1週間後にもう一度行なわなければならない。ショウジョウバエはすぐさま抗体を備える習性があり、殺虫剤の種類は色々混ぜなければならない。Deltaméthrine(DécisもしくはPearl)、Lamba cyhalothrine(Karaté)を使う。
 
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   腐敗した実を潰すと、オレンジ色に変色した果梗が残る。腐敗した実を取り除かない限り、酢酸が残る危険性が高まるために収穫の際に必ず除かなければならない


総括

 Mildiou(ベト病)やOïdium(ウドンコ病)はどちらかと言えば収穫量に影響を与える病気であるが、このPourriture Acide はワインの品質に影響を与える病気である。
 腐敗した実が混入することにより酢酸量が増え、かつ揮発酸の値も増える。これを防ぐためには亜硫酸を加えなくてはならない。勿論、今日の醸造技術をもってすれば、マストが酢に変わるということはありえない。しかし、限りなく自然なワイン造りをしたい造り手にとって、この腐敗は絶望的である。亜硫酸の量を減らすということは、ヴィネガーを造るリスクと、揮発酸の高いワインのリスクと隣り合わせだからである。
 大切な事は栽培段階において防除をしっかりすることと、収穫の際に徹底的な選果をすることである。防除といっても、年ごとにバラツキがあり、収穫期にこの病気が如何に残っているかで、栽培時の力量が問われる。







[ 2011/09/30 03:39 ] 栽培 | TB(0) | CM(1)



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