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日本のワイナリーの今( 新潟 & 滋賀 )




 最近、日本のワインが美味しい。
 一昔前まであった、ヨーロッパ・ワインを似せたスタイルとはひと味違う、新しいスタイルが生まれて来ている。それは、日本らしい品種の選択であり、亜硫酸を最小限に抑えたワイン造りであり、低アルコールのワイン造りである。海外のワイナリーで研修していた若手が自国に帰り、自国なりの味わいを模索した結果であり、これまで以上に、国内でワインが消費されるようになった結果なのである。
 ワインの味わいの世界的な価値基準も大きく変わった。もはや、フランス的なワイン造りが、イコール高品質、と思われる時代ではない。それぞれの国の料理、風土にあったスタイルのワインが作られるようになった。

 今年の日本の新潟と滋賀のワイナリー訪問から得た情報をもとに、今日の日本ワインのあらましを考察してみた。



Hitomi wine
昔に比べ、実に多くの種類のワインが増えた。個性的なラベルのワインが多い。




一、 新潟


 新潟の海岸沿いを走る。新潟市から燕市へ向かって約30分。松の木並みの向こうに砂浜が広がり、さらに海の向こうには佐渡島が見える。だがさほど磯の香りはしない。8月だというのに海岸沿いのビーチに人影はあまり見えない。まだ朝方だった所為かもしれないが、意外と人がいないと思った。そういえば、この当たりが岩石海岸が続くため、波が強いのだろう。遊泳禁止マークもあった。


Cave dOcci



 角田のカーブドッチ・ワイナリーに着くと、先の海岸とは打って変わって、観光客で溢れていた。駐車場は車で一杯。フランス風パン屋、石釜で焼いたピザ屋、温泉、ホテル、そしてワイナリー。あまり純日本的な光景ではない。そう、ここは、ちょっとしたナパ・ヴァレー、日本の新たなるワインカントリーなのである。何もない砂地だった、この場所にワイナリーが始まったのが、約20数年前のことだった。カーヴドッチワイナリーを始めとして、新たなるワイナリーが次々と生まれ、この地は俄にワイン生産地としての新しい雰囲気を醸し出している。

 1992年、落希一郎によって、カーヴドッチワイナリーは創設された。日本でも世界に通用するワインを生める、という信念の下に、彼は日本中を渡り歩いて生産地を探した。そして最終的に、新潟を見いだしたのは天啓であった。米の生産地というイメージが強い新潟が、ワインにおいても名産地だとはとても思えない。事実、私自身、新潟でワインを作っているなんて、知ってもいなかった。しかしながら角田の地は、他の新潟県の中でも特殊な場所ではあった。角田山(弥彦山塊)と海を挟んで佐渡島に囲まれているおかげで、降雨量・降雪量が少ないのだ。ちょうど、アルザスとバーデンがそうであるように、両端の山地に囲まれているお陰で、葡萄が成熟する環境が整っている。さらに他の作物の育ちにくい、不毛な砂丘地帯であった、この角田の地は、新潟のどの場所とも違っていた。そう、つまり葡萄栽培に適した場所だったわけである。


Cave dOcci vigne
葡萄の苗木一本を一口一万円でオーナーにするというシステムで資金を集めたという。有機農法による防除剤が撒かれて、綺麗に整理された葡萄畑。向かいに見える山は角田山。



 畑に案内してもらった。整然とされた垣根の畑が広がっていた。ここは日本でもかなり早い時期から、欧州風の垣根仕立て方を実施されたところでもあるのだ。「棚仕立ての畑も少しはある」との事だったが、カーヴの周りにはそのような場所は見えない。全8haの所有畑が、すべて砂地の土壌。すぐ南側には角田山の頂きが見える。砂地であるので、フィロキセラの心配が少なく、畑はすべて自根で植えられている。自根の多いドイツでワインを学んだ、落氏がそれを続けたことが、結果的にワインの品質を上げた。


Cave dOcci vin



 このワイナリーが20年の年月をかけて培った努力・研究の成果は、各種の品種の改良であり、品種の選択であった。まだ未開の地であった場所で、そこに相応しい葡萄品種を選ぶことは困難を極めるのだが、「欧州品種」のみを使うという哲学のもと、長い期間をかけて葡萄品種が選ばれた。40種類も試したという中でも現在最も優良だと彼らが考えている品種は、スペイン産のアルバリーニョ(Albariño)である。この地は「昼と夜の寒暖差が少ない」ので、アルバリーニョの強い酸味は柔らかくなる。さらに「海に近く、海風が多い」という個性があり、そういった面がスペインで最もこの品種が植えられているリアス・バイシャス(Rías Baixas)に近い風土なのだろう。色々なワインを生産しているが、試飲したもので圧巻なのがやはり、アルバリーニョ2015年。芯が強く、ミネラル感たっぷりなワイン。微かな塩味となによりも口の中で弾ける滋味が圧倒的。お造りにピッタリのワインである。それと気になったのが、掛川栽培・醸造長が、独自の観点からつくっているワインの、「動物シリーズ」。「くま」、「みつばち」、「あなぐま」…などの、キュートなタイトルとラベルをつけられ、いずれも亜硫酸無添加で、幾分実験的な手法で作られるシリーズで、従来のカーブドッチ製のワインとは方向性が異なる。しかしながらいずれも決して侮れない品質の粒ぞろいのキュヴェで、将来のワイナリーの方向性を意欲的に模索しているのが見て取れる。これらのワインはいずれもソールド・アウトの人気商品である。

 カーブドッチの成功に呼応して、日本中から有望な若手生産者がこの地にやってきた。そして、各々がワイナリーを開くことになり、いまではカーブドッチの他に4軒のワイナリーが隣接している。フェルミエ(2006年)、ドメーヌ・ショオ(2009年)、カンティーナジーオセット(2013年)、ル・サンク・ワイナリー(2015年)がそれである。彼らはお互い、助け合いつつ、ライバルであり、ともに新潟の角田の地のポテンシャルを最大限に引き出す努力を続けている。

           Domaine Chaud
ドメーヌ・ショオの小林英雄氏。「角田は素晴らしいテロワールだ。この個性的な砂地に相応しいワインをつくるのが良い。だから、Cabernet Sauvignonを使って重いBordeauxスタイルのワインを作ろうとするのは間違っているし、軽口の Pinot Noirも違う。その中間の、サラサラな味のCabernet Sauvignonを作るのがちょうどバランス良い」。一度喋り始めたら止まらないハイテンションな、彼のワインはいずれも、旨味とコク、出汁感(生産者弁)に溢れる素晴らしいワイン。




二、 滋賀


 私の実家は京都市であるが、山奥の村の出で、滋賀県にも近い。うちの裏山を上れば、20分ほどで、琵琶湖を拝める場所にある。そんな滋賀県で作られるワインが美味しい、と聞いて、何か心踊るものがあった。まさか、自分の生まれた場所の近くにも、素晴らしいテロワールが広がっていて、美味しいワインが造られているのだと知って、驚いた。


Biwako.jpg



 滋賀県にはまだ 2つしかワイナリーがない。その一つ、ヒトミワイナリーは滋賀県の東部、永源寺にあるワイナリーである。25年前に、アパレルで名をなした図師禮三が、故郷の滋賀県にワイン文化を根ざそうと思い立ってつくった。ワインだけでなく、竃で作られているフランスパン目当てで訪れる観光客も多い。


Hitomi Winery
創業25年だが、滋賀県産の自社畑は1.5haにすぎない。基本的に日本各地の葡萄畑からの買い付け葡萄のみでワインを生産し、亜硫酸無添加のワイン造りを続ける。


 さて、このワイナリーのワイン造りは非常に変わっている。「にごりワイン」というカテゴリーを主軸に掲げているのだ。「にごりワイン」ということで、濾過せず、さらに「亜硫酸無添加」のワインつくりで、いわゆる自然派スタイルなわけであるが、昨今のブームにのってそうしたわけではない。当時、醸造責任者を任された岩谷澄人氏は、経験のないまま教科書的なワインを作り続けて来たが、そのやり方に疑問を感じ、自分が美味しいと信じる無濾過ワインというものをリリースした。それが、この時代には、爆発的とは言えないまでも、功を奏し、その路線でワインが作られることになった。教条的・画一的なワイン造りが決して良い結果を生まないと、今の日本のワインを見ててもわかる事なのだが、彼らはいち早く、自分たちの個性を磨くことに努めた。20年以上も亜硫酸無添加のワインを造り、このカテゴリーにおいては日本で最も古い生産者の一人である。


           Hitomi,M.Kurita
今回の試飲を通して、ヒトミワイナリーを紹介してくれたソムリエの栗田智史氏。「亜硫酸無添加ワインを作り始めた頃は、色々と揶揄されたものです。ここ数年になって、ようやく我々のスタイルが世に認められるようになってきました」。当ワイナリーの醸造責任者であった、岩谷澄人氏は、2016年の4月に退社された。このワイナリーの革新的な生産を続けた人物だったが、岩谷氏の意思は後続のワインメーカーに受け継がれて行くのであろう。実際、日本のワイナリーで働く人々は皆とても勤勉な方が多くて、非常に突っ込んだ質問にも、スラスラ答えていただけて、嬉しかった。



 「弊社のワインはすべて、ラブルスカ品種を主体に使っています。たとえメジャーな欧州品種を使っても、本場のワインには及ばない。ならば、日本らしさを追求した品種選びを続けたいと考えています」
 「フォクシーフレーヴァー」という、狐のような香りが鼻につくということで、嫌われ続けたアメリカ原産のラブルスカ品種。しかし、日本人にとって馴染みのある「葡萄らしい」香りでもあるというのが、岩谷氏の答えであった。大切なことは、無理をして国際社会に迎合した品種を使うよりも、実際に試飲してみてこれは美味しい、と思えるワインを作ることが大事なのだ、と。だから、この造り手のワインはすべて、素直な旨味に溢れている。何も難しく、にらめっこして、このワインのどこが美味しいのか分からないと、試行錯誤して飲むワインではない。
 白ワインは、数種類あるが、山形県産デラウェアが素晴らしい。スダチを思わせる柑橘類の香りに、梅干しやカツオの旨味、そして高い酸味。ラベルに「かなり酸っぱい」の表記があるものがあり、2014年産のpHはなんと2.9以下。Cuvée KireDelaは発酵中に冷凍化させて分離した果汁だけで発酵を続けの特殊キュヴェ。アルコールは16%にも達し、凝縮の極地で、ChampagneのCôte des Blancsを思わせる香しい香り。素晴らしいの一言。
 赤ワインは、マスカット・ベリーAの果実味に驚かされる。カツオの香り、ハモの梅肉的なニュアンス。幾分、MC法的な造りのものが多いのでフレッシュでジューシー、飲み易いワインである。あらたにリリースされる Shindo Funiシリーズは、「身土不二」という字を書き、地元で生まれた酒は地元で消費されるべきだという仏教用語にちなんだワイン。契約農家ごとにキュヴェが作られ、それぞれのテロワールを反映、滋賀県らしさを追求する。「今の所、東京のマニアな客層にしか売れず、本末転倒」だそうで、最近は売るのを少し制限しているとか。土っぽい味わいと、チェリー香満載のマスカット・ベリーAの美しさを表現。


hitomi h3 series
ヒトミワイナリーのフラグシップとも言えるワインは、h3シリーズ(papillon,ihkaku,Caribou,Kumagera)。にごり・亜硫酸無添加・ラブルスカ品種のみ・微発砲、とあらゆる要素が日本料理に完璧にマッチする。例えば、凝縮した旨味を閉じ込めていて、優しい果実香を秘めやかに香らせる h3 ihkaku(イッカク)は、赤身のマグロ、クジラの刺身にぴったりと合い、近江牛のしゃぶしゃぶとも良い相性だった。




三、 日本料理にあうワイン




           Biwako Winery
           もう一つの滋賀県のワイナリー、琵琶湖ワイナリー。


 ずっと、日本料理の食卓にはビールが合うんだと錯覚してきた。しかし、フランスでの生活を経て、改めて日本の食文化を顧みると、ビールは決して日本料理に合わせて飲まれていないことが理解される。日本料理は、基本的に汁物や吸い物とセットにして食べられるので、必ずしもアルコールを必要としていない。ドイツのビアホールのように、ソーセージに合わせてビールを飲んだり、イギリスのように、フィッシュ&チップスにスタウトに合わせるなんていう飲み方ではない。日本のビールの飲み方は、とりあえず一杯、湯上がりに一杯、の文化であって、料理と一緒という風に考えられていない。それでもビールと合う料理というのは、枝豆であったり、唐揚げのようなもので、日本料理をひとくくりにすることはない。カレーとビール? 牛丼とビール? お好み焼きとビール? 実際のところ、それ以外の飲み物の方が合うのがよくわかる。そしてその実、その場所にワインという飲み物が入る余地が生まれるのだ。
 ラブルスカ主体の赤ワインは、還元的な性質とともに、全房発酵由来のカツオ的な旨味がつまっている。これがお造りと良く合う。それも、赤身の鉄分を含んだ部位、マグロ、カツオ、クジラ、馬刺…。デラウェアの酸味は、魚料理全般に合うだろう。魚の臭みを消すためにスダチをかけるような要領だ。日本ワインが全体的に低アルコールであることも、食卓にはピッタリである。アルコールの高さで繊細さを消さないで、残るのも良い。どちらかというと、ヴィニフェラ品種よりラブルスカ品種の方が、料理に合いそうな印象である。

 このように、日本のワインも刻一刻と変化・改良・日本化している。そう、各国の料理を次々と日本化して育って来た日本食というものは、意外と懐が広かったりするのである。ラーメンや餃子、パスタなどなどは、もはや日本料理の一部である。日本人は世界中の美味しいものを自国に取り入れるという事に関して、非常に開放的である。そんなにえり好みしないで、とりあえず自国化する。そうして、自国風に解釈して、新たなる料理として生まれ変わらせる。そういう風に考えると、ワインという飲み物が、日本食の一部になることは、あながち無理難題でもなかったのかもしれない。新しい時代に対応した、日本風のワイン。世界中で、日本食がブームになっている今日の状況を鑑みれば、日本ワインがそれとセットして世界に迎え入れられる日がきてもおかしくない。


           Red Millerennume
琵琶湖ワイナリーのレッドミルレンニュームという品種。国内でもわずか2軒しか使っていないという希少な葡萄。ちょっとしたGewurztraminer(ゲヴュルツトラミネール)とMuscat(ミュスカ)の果実味と、Sylvaner(シルヴァネール)と甲州の淡さを掛け持ったような、実に個性的で素晴らしい味わいの品種。
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[ 2016/09/09 00:24 ] 産地 | TB(0) | CM(0)

オーストラリア・ワインの今。 後編: Victoria(ヴィクトリア)


 オーストラリアは涼しいワイン産地だ、なんて一昔前は誰が信じただろうか?

          IMG_8241.jpg
    Victroria州都、Melbourne。椰子の樹が茂り、ビジネスビルが並ぶ、エキゾチックな街。南半球の Londonといった風情だ。

 南の島の、砂漠が多くて、象徴的なものが、Great Barrier Reef(グレート・バリア・リーフ)かAyers Rock(エアーズロック)であるならば、オーストラリアというのは暑いと思われても仕方ない。輸出されるものが、あんなにアルコリックでエキゾチック・フルーツ香たっぷりのワインばかりで、そのようなワインを飲んでいれば、そうなんだと錯覚してしまうのも尤もだ。しかし、誇張されたイメージは、現実を見誤らせかねない。
 それは、あたかも、石灰質が80%近く覆うフランスでは、石灰の少ない場所の方がミネラルウォーターとして珍重されるということに、もしくは、涼しい産地だからこそ、最大限の陽光の得る事で、糖分の高い甘口ワインを作るドイツの例に似ている。即ち、一般的なイメージの逆の発想が必要な場合があるのだ。

 そう、オーストラリアには涼しい地方もある。
 Barossa Valleyに比べ、Eden Valleyや Clare Valleyは遥かに涼しい。もしくはもっと東の方に目を向ければ良い。Victoria州には比較的、冷涼な場所が多い。フィロキセラ禍以降、数十年にわたって見過ごされて来た地方だが、歴史自体を見ればはるかに古い。そして近年では、この地において、相応しい葡萄品種を植えたワインへ再注目されている。Pinot Noir, Chardonnayやさらにイタリアの品種、ドイツ、オーストリアの品種などなど。冷涼地に相応しい葡萄品種が、この地方では盛んになってきた。
 
 

Victoria
ーゴールドラッシュとフィロキセラ、そして再興ー


 1851年に端を発するオーストラリアのゴールドラッシュは、Victoria(ヴィクトリア)州のBarallat(バララット)、Bendigo(ベンディゴ)、Beechworth(ビーチワース)の周辺で発生し、多くの移民が Victoria州に殺到した。当時の世界の3分の1の金を産出していたというこの州では、1851年には7万7千人だった人口が、1861年には54万人と激増した。人口増加とともに、インフラ整備、都市化、農地の拡大が進み、その過程において、葡萄栽培地も拡大した。Victoria州は、英国向けのワイン産地として興隆して、John Bull’s Vineyard(英国民の葡萄畑)と言う名で、ヨーロッパでも知られるようになった。しかしながら、その栄光は長続きしなかった。1875年の Geelong(ジーロング)でフィロキセラが発見されるや否や、状況は一変する。South Australia州に対抗して Victoria州では補助金を出してまで葡萄生産地拡大を押し進めていたことが災いして、フィロキセラ被害は、同地方中部・北部にまで伝染してしまう。1901年にオーストラリア連邦が設立されると、それまで州間にかけられていた関税が廃止され、Victoria州のワイン産業に一層の打撃を与えた。当初一番有望とみられ、オーストラリアのワイン生産の50%をしめていたVictoria州のワインはこうして凋落してしまった。Grampiansなどのごく限られた産地を除く、ほとんどのワイン産地は史上、姿を消す事になる。

Yarra.jpg
Yarra Valley。Victoria州きっての銘醸地。

 接ぎ木という方法はあったとしても、一度荒廃した畑はそうそうには戻ることはなかった。唯一フィロキセラを逃れたGrampians(グランピアン)は標高高く、涼しいが、夏の降雨量が低く、灌漑が必要な場所で、ワイン造りは細々と続けられるのみだった。もともと、Barossa Valleyに本拠地を置くSeppeltは、1960年代にこの地のワイナリーを買い取り、金工堀りが残した数kmにも及ぶ地下トンネルを利用してスパークリングワインを生み出した。同じく'60年代、Pyrenees(ピラニー)地区では、フランスのRemy Martin社は大幅な投資を行い、近代的なワイナリーのChâteau Remyが設立され、ブランデーの生産を始めた。後に、ブランデーの消費が落ち込むとともにワインの生産に移行。1963年、Wantirna Estate は、かつての栄えた産地、Yarra Valleyに再び葡萄を植え、荒廃していた銘醸地を復活させた(DeBortoliとSt Huberts、Domaine Chandonがこれに続く)。こうして次第にではあるが、Victoriaでもワイン生産が始まった。続く1980年代には、より冷涼なワイン生産地を探求するトレンドの変化により、この地方への関心が高まりだした。Tasmania(タスマニア)島や, Adelaide Hills(アデレード・ヒルズ), Great Southern(グレート・サザン)…などの産地がワイン用の場所として模索されると同時に、Victoria州の Mornington Peninsula(モーニントン・ペニンシュラ)、Macedon Ranges(マセドン・レンジズ)などでもワイン生産が再開される。このような土地では、他のオーストラリア産地には適されないとされた品種(Pinot Noir, Sauvignon Blanc, Chardonnayなど)が主に植えられるようになるのである。

Yarra2.jpg
Yarra Valleyの畑。すべからく、アメリカ台木が植えられている。フィロキセラは、Geelongで発見されて以降、1899年までになると、州最北端の生産地、Ratherglen(ラザーグレン)で発見され、1906年には Victoria州のワイン産業は壊滅した。生き残ったワイナリーは Campbells Wines,Chambers,Morris, Tahbilk Winesなど少数にとどまった。だからこれらの Yarra Valleyの樹々は'70年代以降に植えられたものである。



Macedon Ranges ー森開く開拓者たちー



Curly Flat -Phillip Moraghan-


「Macedon Rangeは、Ballaratと並んで、オーストラリアで最も寒いワイン産地。Melbourneより常に5度は気温が下がる場所である」
Phillip Moraghan(フィリップ・モラハン)はそう力説する。

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カーヴ

 銀行員だった彼は、ワイン造りを行いたいとかねてより望んでいた。そして仕事を辞め、ワインを作り始めるに当たって、Victoria中から理想の場所を探した。そして彼がたどり着いた場所が、ここ Macedon rangesであった。Macedon rangesはMelbourneの北、約90キロの場所で、標高は約500mである。事実、世界中のワイン生産地の適正を客観的に測定した Winkler法からみると、 Macedon Rangesの 1月平均気温数値、MJT(注:1)は、17.2°Cから18.5°Cとかなり低く、さらに葡萄成長期平均気温概算 HDD(注:2) においては、970-1050である。この指標においては世界中の葡萄栽培可能地としては最も冷涼で、限界ギリギリとされる場所である。Tasmania (MJT 16.8, HDD 1013)、Yarra Valley (MJT 17.9-19.4, HDD 1250-1352)、Adelaide Hills (MJT 19.1, HDD 1270)、Coonawarra (MJT 19.6, HDD 1430)、Barossa Valley (MJT 21.4, HDD 1710)、よりも低く、さらに、Rheingau (MJT 18.6, HDD 1042)、Champagne (MJT 18.9, HDD 1031)、Bourgogne (MJT 19.7, HDD 1164)、Bordeaux (MJT 20.3, HDD 1392)、と比べてもかなり低い場所だというのがわかる。

(注:1)Mean January(or July) Temperature (MJT)
 葡萄成長サイクルにおいて最も気温の高くなる、1月(南半球)と7月(北半球)の平均気温を示す数字。
(注:2)Heat degree days (HDD)
 葡萄成長サイクルの最も重要な10月から4月(南半球の場合、北半球は4月から10月)の214日間の平均気温が50°F(10°C)を上回った日の平均気温から求められる気温の数値。1944年に、California大学Davis校の Albert Julius Winkler教授と Maynard Andrew Amerine教授によって発表された Winkler Scaleにおいて示された気候の積算温度基準。この基準値をもとに、世界中の葡萄品種の適する場所を測定された。


 すぐさま北には Heathcote(ヒースコート)というもっと歴史のある産地があるが、そこは太陽の照る北向き斜面の Shirazに相応しい場所。彼が作りたかった葡萄品種は、あくまでもPinot Noirであった。スイスに住んでいた時に、Bourgogneワインに取り憑かれ、人生をもう一度やりなおしても作りたいと思ったワインが、Pinot Noirだったためだ。この地に落ち着いたのが1991年、当初は色々な問題もあったが、彼はPinot Noirを植えることに成功した。現在でも全体の69%がこの品種で、その他はChardonnayとPinot Grisという、まさにBourgogneしか意識していない植樹だ。

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畑で興味深いのが、リラ剪定を多く採用していること。まんべんなく日射量を増やすことと、風当たりを良くして病害を減らす目的である。Bourgogneでこの剪定を採用しているのは、Auxey-Duresseの一部の生産者のみ


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土壌は、赤バサルト岩を含む火山性の土。6年前から除草剤の使用を禁止して、ますます、有機的アプローチを模索。しかし、灌漑は必要に応じて行う。


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Curly Flatのワイン。

清潔感の行き届いたカーヴ。Bourgogne産のオークがたくさん並ぶ中、非常に近代的なワイナリーという印象。今回の訪問は駆け足であったために、多くは試飲できなかったが、何種類か、特徴的なワインを飲んだ。

Chardonnay ’11は、カリフォルニア的なスタイル。樽香が強く、リッチで、濃厚、重圧的。MLFはヴィンテージごとに決定するというが、これはMLFを行ったものだろう。酸の高さよりも、力強さを感じる。なお、2005年より自然酵母で発酵とのこと。

Pinot Noir ’11は、鮮やかなルビー。まさにPinot Noir。小梅、採れたての生の赤果実のジューシーなアロマ。味わいは優しく、ストイック。スパイスを伴う樽香と、口後に残るジャミーさが、オーストラリアさをとどめる。除梗の度合いは毎年変わるが、結構除梗している印象。あくまでもクリーンなのだ、その味わいが。2003年より自然酵母で発酵させることで、アルコールと揮発酸度、pHが下がるようになったという。


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Phillip Moraghan。彼の立っているオフィスの木の扉は、以前働いていた銀行の扉をそっくりそのまま持って来たのだという。パートナーのりかさんは日本人で、来日する機会も多い。だから最近は「甲州」品種に興味津々で、植樹する予定もあるとか。



 ワインが生まれる背景には、色々な動因(=原因となる動機)が考えられる。祭祀を目的としたワイン造りといった宗教的な動因、土地柄の食生活という風土的な動因、国際的な要求に応じた需要の動因…。
 さて、このCurly Flatというワイナリーが生まれた動因は、Phillip Moraghanという人物に焦点を当てなければならない。彼自身の嗜好が、このワイナリーを、ひいてはワイン生産地を生んだ節があるからだ。Bourgogneワインに魅せられた彼が作りたかったもの。Pinot Noirという品種の持つ魔力的な味わい。人を虜にする、眩い果実。優しい味わいのタッチ。だから、彼は理想の地を探した。彼の故郷、オーストラリアにおいても、Pinot Noir らしい味わいを表現できる場所を。
 もちろん、Bourgogneと同じ土壌でも、気候でもないために、全く同じワインが出来ることはない。しかしながら新たなる地で開花した Pinot Noirの表現は、またひと味違った彩りを添えて、ここオーストラリアで花開くわけである。



Cobaw Ridge -Alan Cooper-


 Lagrein(ラグレイン)という品種がある。
 北イタリアのAlto Adige / Südtirol(アルト・アディジェ/シュッドチロル)地方の地場品種で、濃い色調と、気品のある香りのする赤ワイン用葡萄。濃密な果実、深いフレーヴァー、味わいの伸び。冷涼な気候に適したこの品種の味わい…。北イタリアでしか見ないこの珍しい品種を使ったワインが、このオーストラリアにもあった。

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まるで Bretagneのケルト人の住処を思い起こさせる地層。そう、ここはArmorica山脈と同じ、花崗岩の大地である。

 そもそもの始まりは、1988年に遡る。
 Merbourne大学Burnley校の Peter May(ピーター・メイ)教授は、Kynetonにある自家畑に、ワイン用葡萄を植えてみようと思い立った。もともとこの地では Cabernet Sauvignonが多く植えられていたが、もっと冷涼な天候に適した品種は Merlotだと考え、それを植えてみた。しかしながら、当時の苗木職人のミスで、実はそれがその地に適していないCabernet Francであることがわかった。それならば、また別の品種を試そうとしてみて、選んだのが Lagreinなのであった。Lagreinを選んだ理由は、同校のRichard Smart(リチャード・スマート)教授とPeter Dry(ピーター・ドライ)教授による1980年代の調査報告の影響が大きかったという。そして、1991年に始めて収穫して作られたワインはとても美味しく、彼はその結果に満足した。ただし、これは自家用葡萄という範疇の内であり、それが商業用となるには、ある男の登場を待たなければならなかった。

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花崗岩、砂質土壌。標高610mの北向き斜面。100%自社畑で、植樹密度は、1.2m x 1m。台木なしの自根のみ。2011年よりビオディナミ農法採用。手摘み、手作業、手仕事。ドリップイリゲーションも行うが必要に応じて、最小限。

 Curly Flatを発って森をさまよう。オーストラリアに来て以来、全く遭えなかった、カンガルーの群れも見られた。ウォンバットなる動物の死骸も見たが、いまだ出会えなかったコアラがその辺にいるのではないかと、林中に目をやった。Bretagneのドルメン・メンヒルに似た花崗岩の山を越え、約1時間のドライブの後、ようやくワイナリーが見えて来た。
 ワイナリーの柵をくぐると、そこには畑が広がっていた。北向き斜面の標高615m。 Lagreinの本家のAlto Adigeは標高約1000mであるが、十分に涼しそうな場所。そして石英混じりの白い花崗岩の土壌。水はけ良さそうで、どちらかというとSyrahに合いそうな土壌だと思った。逆に Pinot Noirに良いのかは疑問符がついた。ワイナリーの周りの畑は冬季だったためか、雑草がそのまま残っていた。有機的アプローチをしているのだと見てとれたし、畑は非常に綺麗で、ヨーロッパのワイナリーに似た印象を感じる風景だった。そんな畑の真ん中に、森の中の丸太小屋のようなワイナリーが見えて来た。
 アポなしでやってきたのだが、Alain Cooper(アラン・クーパー)は我々を快く迎え入れてくれた。ニコニコと朗らかな人だ。基本的に従業員はいなくて、妻と二人でワイナリーを切り盛りしているそうなので、我々のような飛び入りでも、受け入れたことに、大変感謝した(いままで手伝っていた息子の Joshuaは2012年から独自にネゴシアン業を始めて独立)。テイスティングルームはこじんまりとはしているが、とても整頓されていて、必要最低限、きっちりとまとまっている。壁を見ると、森を切り開いてワイナリーを作った時代の写真が飾られていた。

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Alan Cooper。ワイン哲学は、「収量を抑える事。果実は丁寧に扱い、除梗する。メンブレンプレス(空気圧プレス)使用することで、きついタンニンを出さず、パンチングダウンも手製、優しく最大限の色調とフレーヴァーを出すこと」

 Alan Cooperはもともと銀行員だった。しかしながら、ワイン造りを志すようなり、1982年に花崗岩のゴテゴテした森を切り開いて葡萄を植樹した(...どこかで聞いた話ではあるが、昨今のオーストラリアでは、脱サラしてのワイナリー起業は日常茶飯事である)。1985年に妻 Nelly(ネリー)と共にワイナリーをスタート。ファーストヴィンテージは1989年からで、計 5haの畑からワインを作るようになった。祖父、父の代までは農場をやっていた家族ではあったのだが、葡萄栽培を行ったことはなかった。まさにゼロからのスタートで、そんな造り手だからこそ、規範に囚われない柔軟な思考を持っていた。Peter Mayのワインの成功に触発されて、1997年から Lagreinを植える事にしたのもその表れであろう。

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Lagreinは古代ギリシア語の 「Lagarinthos(垂れ下がる)」を意味する言葉か、もしくは古代ギリシア時代の南イタリア植民地名「Lagaria」に由来するという。2006年の遺伝子学的研究によって、 この地方の Marzemino品種と Syrah品種の従兄弟で、そのルーツは Pinot Noirであるということがわかっている。

 さて、当の Lagreinを試飲することになった。
 Lagrein ’13は、この品種100%のもの。桑の実、ブルーベリーの強い香り。スムースで鼻から口に抜ける、心地よい香りの音符。タンニンと酸味のバランスが良い。熟成のポテンシャルを感じる。なんとも不可思議なワインである。色調濃いので、アルコリックかと思いきや、案外爽やか。酸味が高いので、冷涼気候特有のワインかと思えば、すぐさま濃いタンニンが口に残る。色々な意味で、相反した個性をもったワイン。Syrahや Pinot Noirに似ているとされるが、どちらかというと、Austria 系品種に近いものを感じる。極上のBraufränkischか、Zweigeltのような。 なかなか、後ろ髪を引かれるワインである。James Halliday(ジェームズ・アリデイ)は自著の Australian Wine Companion 2005において、2002年もののLagreinが高得点をあげ、この品種がオーストラリア中でも知られるようになった。いまでは、この品種が、オーストラリアで50haほど植えられるようになったのは、彼の成功によるのが大きい。

 だが、Lagreinだけが、このワイナリーの品種ではない。他にも粒ぞろいのワインを沢山作っている。
 Chardonnay ’13は、フローラルで、繊細、樽香のヒント。還元したキャラクターは Juraの Chardonnayに近いが、あくまでも透明感のある色調。
 赤ワインは、Pinot Noir ’13から。同じく、花の香り高く、フランボワーズ、赤果実。アタックはデリケート、軽く、柔らかい。花崗岩的なワインは、やはり軽い。100%除梗。
 上級キュヴェ、L’Altra Pinot Noir ’13は、イチゴ、カシス、ブルーベリー。全房発酵しているので、深みと複雑味、フレッシュ。とても美しい体躯。
 Syrah ’10は、ブルーベリー、野生のアイリスの花、スパイス。力強く、深い。この土壌に相応しい味わい。南フランスの Pic Saint Loup的な険しさ。
 Syrah No Surfer ’14は、新しいキュヴェ。亜硫酸添加ゼロだが、還元的熟成で、ガスが残っている。フレッシュ・ブルーベリーの香り。グビグビ飲める、軽い感じのキュヴェ。
 CVI ’08は、SyrahとLagrein品種のブレンド。比率は5:5。黒果実、とてもアロマティック。強いタンニンの強い個性。


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   小さな開放式発酵槽使用し、MLFも行う。25-30%新樽の12-24ヶ月熟成。フィルターしない。補酸しない。亜硫酸最小限。



 それぞれの土地にあった適正品種を探すこと。
 非常に困難な作業にも関わらず、世界中の葡萄産地では、そんなことあまり大したことと思われていないと感じる。ただある場所で高級なワインを生むという理由だけで、著名な品種が無造作に植えられている。例えば、Rieslingよりも、Sylvaner、もしくは、Sauvignon Blancよりも Romorantinといった品種の方が、それぞれの土地に適合しているかもしれないなんて、あまり熟慮されているように思えない。ヨーロッパでは、それぞれの場所にあった品種が、模索され、そして法律で保護されている。開花が遅いという利点があるから春霜の多い Vallée de Marneには Pinot Noirではなく Pinot Meunierが適しているという Champagneの常識や、Beaujolaisの花崗岩土壌には、Pinot Noirよりも Gamayが適しているということは、フランスでは誰でも知ってる。それが、新世界ではそういった選択をしようとする動きがあるとは言えないのだ。Cabernet Sauvignonと Chardonnay、Pinot Noir、Syrah、Riesling、もしくは、Grenache、それで打ち止め? そんな少ない優勢遺伝子学的な考えだけで、ワイン用葡萄は選ばれるのだろうか? 数百年にわたる、葡萄栽培の歴史がなせる、適正品種の選択という点においては、新世界は、旧世界に遅れをとっている。新世界のワインにしたって、もう、150年あまりのノウハウがあるのだが...(そういう意味で、日本の『甲州』という品種選択はとても意義がある)。
 このワイナリーのワインは、今の所は Pinot Noirの方が飲みやすいが、熟成に従って伸びるのを感じたのはやはり Lagreinであった。そういう意味で、Lagreinのほうが、適正な品種なんだという感想を得たのであるが、結論を下すのは、まだ時期尚早だろうか。未だ、25年の歴史しかない。あともう少しの熟成するのを待ってから、その答えを確かめたいと思った。



Henty ー新たなる可能性ー


Hochkirche -John Nagorcka-

Henty(ヘンティー)など名の知れる事もない場所にそのワイナリー、Hochkirche(ホッホキルシュ)はある。

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Tarlingtonの昔の名「Hoch」の教会があった場所

Hentyは、Victoria州の西部で、Coonawarraに近い。生産者自体が少なく、牧歌的な丘陵を駆け巡っても、葡萄畑は見当たらない。当のワイナリーにしても、畑らしい場所はなく、本当にワイン生産地なのかすら訝しい、そんな思いで、広大な敷地の入り口をくぐった。小さく、こじんまりとした佇まいをみせるセラードアがあった。当主、John Nagorcka(ジョン・ナゴルカ)が我々を迎えてくれた。髭を蓄え、優しく微笑む、彼の目は鋭く、生真面目な人となりが見える。このワイナリーは、1990年に設立したが、ワイン自体は1997年にファーストリリース(最初の頃は剪定がうまくいかず、断念していたので、7年のブランク)。全部で 7.5haの自社畑を持ってはいるが、敷地内の総面積は320haに及ぶ。だから、葡萄畑以外にも、牛と豚、そして羊を飼っている。羊毛用のメリノ種の羊はとても重要である。はじめて羊がオーストラリアに持ち込まれて以降、この地は世界羊毛生産の24%を占める世界最大の牧羊地でもある。最高級の織物・毛布用として、オーストラリア・メリノ(Merino)種の羊は特に有名で、貿易品としては世界の45%のシェアを占める。Victoria州では、フィロキセラ以後、葡萄産業は壊滅したが、羊産業の中心としての地位は残った。「すぐにキャッシュの得られる、とてもやりやすい仕事」といわれる羊の仕事があるかぎり、別にワインを作らなくても生きて行くことは難しくなさそうである。どうしてワイン造りをしているのか、という問いに彼はこう答える。「ワインという作物は他とは違う。自分たちの行っている畑仕事が、世界に広めることが出来る作物だからだ。」しかし、ヨーロッパに輸出を考えているか、というと、答えはノーだった。コストや生産量など、まだまだ解決しなくてはいけない問題があるのだろうか。

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John Nagorcka。「買い葡萄で作る生産者は馬鹿だ。自分で畑から育ててきちんと作ってはじめて自分のワインが生まれる」とは彼の弁。彼の手は、Bourgogneのヴィニョロンに似た手をしていた。

畑に案内して欲しいとせがんだが、他の生産地を回っている我々の靴にはフィロキセラがついている可能性があるというので、最初は断られた。しかし最後には、少し手前までなら良いと、折れてくれた。広い敷地内を、彼の四駆に載って移動する。畑の周りにいた羊たちの群れが我々を見て逃げ出した。7.5ha(Pinot Noir 4.5ha,Riesling 1.5ha,Cabernet Sauvignon 1ha, Shiraz 0.5ha)ある畑は、赤茶けたバサルト・ローム、火山岩土壌で、石ころが多く混じり、地中深くには粘土があるという。標高は250mで、北向き斜面に植えられている。すべての樹は台木なしで、植樹密度は1ha辺り、6000本。ギュイヨ剪定だが、リラ式剪定の場所もある。彼は1999年よりビオディナミを実践し、Demeterからも認証を受けている。世界で最も古い有機農法の国は、オーストラリアだと聞いたことがあるが、彼の祖父はオーストラリアで最も古い有機農法の畑を持っていたと言うので、そのパイオニアの一人だったのだろうと推測される。だから、防カビ剤ゼロ、防菌剤ゼロ、防殺虫剤ゼロ。さらに、Demeterは禁止していないが、「灌漑は葡萄の根を延ばさないから」という彼の信念によって、灌漑は行わない。収穫量は低く、一本の樹に対し、500g(葡萄の実、2-3房位)であるという。

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なんて美しい畑だろう、と素直に関心。この畑がいつまでもフィロキセラフリーであることを切に願いたい


ワインの試飲はまず、白ワインから始まった。

 Riesling ’12 は、レモン、オイル香の香る、典型的な味わい。酸味のキレ、清澄さ、潔い味わい。整っている。Alsaceの Ostertag(オステルターグ)を思わせるスタイル。「スクリューキャップはワインにダメな味わいを残す」から使用しないという。
 続く、Semillon, Sauvignon Blanc ’14 は、花の香り、ライチ。とてもフレッシュでピュア。スーっと抜けて行く、Sauvignonの酸。これほどアルコール低めな(10%)このブレンドワインは珍しい。
 赤ワインは、Tarrington village Pinot Noir ’11からで、アップルティー、赤果実、枯れ葉の香り高いもの。火山岩性の酸味。Pommardを思わせる優雅なワイン。Villageというネーミングがフランス的だ。
 さらに、Hochkirch Pinot Noir ’11を注がれた時に香るのはプラム。まさにプラムの香り。そこにアップルティーのヒント、柔らかく、繊細。口元に光るように残る。そして、この造り手の特徴としてある、クリーンさが良い。生産者の人柄が見える。神経質なまでにまっすぐな味だ。
 ヴィンテージ違いの、Hochkirch Pinot Noir ’12。 プラム、赤果実、桑の実。土っぽさ。スパイス。よりカチッとした酸。綺麗なプロポーション。石灰的なバランス、しかしあくまでもアロマはBourgogneではない。何か、ひと味違った、Pinot Noir の可能性、オリジナリティーある一本。
 もう余り残っていないという Tarrington village Pinot Noir ’10は出して頂けた。 とれたての生プラムの絞ったような香りが立ち上がり、フランボワーズの華やかさ。グッとまとまって、いわゆる、Chambolle-Musignyを垣間見せるのだが、その次に、違った個性が立ち上がる。今、とても美味しいワインだ。このような Pinot Noirが欲しかったと、思わせる、切ない想い。違う品種の赤ワインもあった。
 Syrah ’12は 丁字の激しいスパイス感と強くキツい味。少しズレのある味で、土壌に適しているとは思えなかった。
 Cabrnet Sauvignon ’10は、黒い濃い色調で、落ち葉、ベジタルの香り。少し角があって、鋭角。しかし同時に穏やかさも同居するワイン。

試飲を通じて、驚かされるのは、その品質の高さよりも、丹念に作られた印象が常に残る事。迷いなく、揺るぎない信念を彼のワインから強く感じ取れる。まさにヴィニョロンである。

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羊を畑に放牧した生産地が多い。羊に雑草を食べさせるので、もちろん、除草剤いらずである。ただし、葡萄の芽まで食べられないために剪定は高くする必要があるが…。

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基本的に除梗するが、年によっては全房発酵も行うという。発酵はすべて、自然酵母を使用。従業員は一人(プラス家族)。



 理想。
 世界中の葡萄生産地を旅して来ていると、いつも、どこの生産者も同じような葛藤と願望を持っていることを知る。たとえ今の現状に満足していないとしても、自分たちに資本と機会があれば、こうなりたい、こうありたい、と願っている理想的なワイナリー像というのがある。潤沢な資産、隔離された土地、そして、需要の高さ。はては、最新設備、人力、より土地に合った品種。
 Hochkircheは、そんな理想的な環境をすべて手に入れたようなワイナリーである。羊毛産業という資産。深い試行錯誤による、正しい品種と植樹法の選択。いたずらに大地を傷つけない、有機的アプローチの的確さ。そして素直で丁寧な仕事。これらが、ワインの味わいに生きている。もっと言うと、ワインの味わいが、土地らしい個性をもって表現されている。地道な仕事がワインの味わいに宿っている。少なくとも、彼のワイン造りには、迷いは見えない。はっきり言って、ワイン造りの道として完成されている。完璧なワイン?
 否、それでも Johnの夢がここで止まっているようには思えない。
 たとえ彼のワインが素晴らしくても、自国内でしか知られないワインという位置づけなのである。スイスの優良ワインと立ち位置が似ている。良いワインだけれども、生産量に限りがあるから、輸出できない。自国に顧客がついているから、輸出しない方が儲かる...。しかし、Johnは「羊産業では、自分たちのテロワールを世界には示せない」と私に言った。彼に願望がない、というわけではない。John Nagorckaの挑戦は続いているのである。




総括


 今からおよそ、1億5000万年前のジュラ紀にゴンドワナ大陸から分断したオーストラリア大陸は、地球上で最も古い地層が表出する大陸である。最も古いゆえに、風や水、氷の浸食作用によって山々の斜面はなだらかで外形は丸みを帯びる。その結果として、この大陸の大地は非常に平坦であり、起伏が少なくなった。平坦な大地は、どうしても雨の降る量が減ってしまう。だからこの国全体の年間降雨量は約400mmに過ぎず、内陸部の大部分は Outback(アウトバック)と呼ばれる平原と砂漠が広がり、国民の住める場所は大陸の沿岸に限られているのである。しかし、全く雨が降らないというのではない。そのほとんどは東部の Great Dividing Ranges(グレートディバイディング山脈)に降る。この山脈からそそぐMurray(マレー)河・Darling(ダーリング)河の間こそが、貴重な水源なのであった。Great Dividing Ranges寄りの 標高の高い生産地が New South Wales州と, Victoria州であること、Darling河が New South Wales州の生産地、Murray河が New South Wales州と Victoria州の州境であり、South Australia州に流れる地勢であることを鑑みると、オーストラリア・ワインが如何に降雨量に影響されているのかが計り知れる。
 巧みな灌漑技術を開発してきた、乾燥した国、オーストラリア。ある程度の設備投資がなければ、ビジネスとしてなりたたないワイン産業国。だからこそ、この国のワインは長く、大企業主体の巨大ワイナリーのみが残った。Mis en Bouteille à la propriété (自社瓶詰め)よりも、Co-opérative(協同組合)もしくは Négocien(ネゴシアン)。だから、誤解が生まれ易いのだ。 この国の多様性(Diversité)が見えにくい。

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       https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Murray-catchment-map_MJC02.png?uselang=ja

 しかし時代は変わって来たのだろうか。大陸を離れては見えない隠されたエネルギーが満ち満ちと溢れていると感じた。新しい世代のワイナリーが生まれつつあるのだ。ここ十数年の決定的な変化は畑仕事の大切さを理解する、優秀な若手生産者が増加してきたことである。彼らは小規模で、沢山の畑を持っているわけでも、立派な設備を持っているわけではないが、各々のフィロソフィーを柱に、土地の味わいを表現した素晴らしいワインを生み出している。新しい品種、新しい栽培方法、新しい醸造方法。旧世界にはない、亜硫酸を使わないワインの生産法...etc。一昔前の Champagneの NM(ネゴシアン・マニピュラン)主導の時代から、小規模の RM(レコルタン・マニピュラン)の評価があがってきているのに似ている。

 地産地消のものが素晴らしいというのはわかっているつもりだ。福岡正信は「自給自足こそが最も人らしい生き方」と言った。しかしながら、人間と言うものは、旅先で得た素晴らしいものを自分の国へと持ち帰りたいと言う願望にかられる生き物だ。イタリア・プーリア州のブラータ・チーズをパリでもフレッシュな味わいであると望む事も、パリのラデュレのマカロンが日本でも同じように食べられると望むことも、銀座の寿司がイタリアで同じように新鮮であることを望むことも、それはとても難しいことを我々は知っている。届けられない想いは、存在しないのと同じ事なのだ。どれだけ、今、オーストラリアで素晴らしいワインが生まれつつあっても、我々のいる場所にそれが届かなければ、大した意味はない。今回取材した、大抵のワインメーカーのワインは、未だフランスは勿論、日本にも未輸入・輸入中止のものが大半である。輸出したくとも、国内のシェアを維持するので精一杯だし、量を作って質を下げることを厭う生産者ばかりである。只でさえ、枠の少ない一つの国のワインが、大手ワインメーカーによって独占されている。大手の行っている大量生産・品質均等化・教条主義指向なオーストラリアのワイン造りが一般化してしまって、他国の人間にはオーストラリアには有機農法で作ったワインの存在があるなどと、知らされるべくもない。オーガニック農業生産国という点でみればダントツで世界一であっても、ワインは別物である。なるほど、「最大多数の最大幸福」という信義を貫くならば、それで良いのかもしれない。しかしながら、真のテロワールを表現している、オーストラリアの自然なテロワールの味わいをもっと多くの世界に伝えたい。これは小さな一歩であるかもしれない。しかしながら、私は今、本国オーストラリアでささやかなブームとなって知られつつある、オーストラリアの新しいワインの潮流が、世界に広まっていくことを切に願う。
[ 2016/03/15 04:54 ] 産地 | TB(0) | CM(0)

オーストラリア・ワインの今。 前編: South Australia(南オーストラリア)


 オーストラリア。
 大自然の恩恵と、シックでモダンな町並み。
遥か地平線の夕日を背に飛び交うカンガルーたち、新鮮な海の幸と大地の作物から生まれる美食の数々。
エキゾチックな先住民達から続く特殊な文化と、ゴールドラッシュの19世紀半からはじまるヨーロッパ移民の文化の不思議なミックス。
 人類最後の楽園とも言えるこのオーストラリアは、そしてまた同時に、素晴らしいワインの産地でもあった。

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          オーストラリアの赤い大地


 そんなオージー(オーストラリア)のワインも長らく、重たくスパイシーでアルコリックなワインでしかないというイメージが先行してきたのであるが、実際の所、現実は全くそうではなかった。いま全世界に起こっている料理の味わいの変化、ヘルシーで、素材重視な料理への回帰という風潮は、ワインのスタイルも変化させてきたのだ。こんな暑いだけだと思われて来たオーストラリアで、驚く程、軽やかで繊細なワインがどんどん世に生まれてきている。ボリューム軽やかで、決して飲み飽きないスタイリッシュなワインたち。
 自然(ナチュラル)への回帰。
 そんな今風のトレンドをよく理解したく、私はオーストラリアへと飛んだ。
 
 今回は前後二編で、オーストラリアワインの魅力を書いてみたいと思う。
 全編は South Australia(南オーストラリア)州のワインについて。しかし、まず、オーストラリア・ワイン史を少しまとめてみたいと思う。



オーストラリア・ワイン史

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       カンガルー注意!カンガルー事故はこの国では日常茶飯事。コアラと違って、けっこう害獣扱い。
 
 オーストラリアにヨーロッパからはじめて葡萄がもたらされたのは、1788年。イギリス人提督 James Cook(ジェームズ・クック)がこの地を発見し、領有すると宣言して、わずか18年のことである。その後、Sydney(シドニー)を中心都市として次々と葡萄栽培が試みられたが、ヨーロッパとはかけ離れた風土に悪戦苦闘が続いた。本格的なワインの生産は、後に『オーストラリア・ワインの父』と称されるようになる James Busby(ジェームズ・バズビー)を待たなければならない。彼はフランスでワイン造りを学んだ後、ヨーロッパから大量の葡萄品種をオーストラリアに送り、Hunter Valley(ハンター・ヴァレー)の苗畑に植えた。これらの葡萄の樹のコレクションは New South Wales(ニューサウスウェールズ)、Victoria(ヴィクトリア)、South Australia(南オーストラリア)に広まり、多くの歴史的古樹の起源となった。
 1823年、Tasmania(タスマニア)、1829年、West Australia(西オーストラリア)、1834年、Victoria、同年、South Australia州と、次々と葡萄畑が開墾される。産地のオーナーのほとんどは、ヨーロッパからの移民であった。イタリア人とスイス人は Victoria州に、ダルマチア系人種は West Australia州に、そして宗教的迫害を逃れて来たルター派ドイツ人が1847年、South Australia州に定住する。そして直後に巻き起こった、ゴールドラッシュによって、オーストラリアでは人口が激増。ヨーロッパ移民キリスト教徒による、ワインへの需要も高まった。続く1870年代には、世界中の葡萄を引き抜く事件となったフィロキセラが発見されたが、まだ連邦化していなかった事が幸いして、その被害は最小限にとどまった。フィロキセラの被害が酷かったポルトガルに変わる産地として、酒精強化ワインが沢山生まれ、それが多くイギリスへと輸出された。20世紀前半のオーストラリアのトレンドは、Port(ポート)スタイルの甘口ワインで、ワインとは食事の後に飲まれるものであるという、風潮が広まることになった。

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Eden Valley。畑の中に羊のいる風景。

 オーストラリア・ワイン史上、1950年代にワイン造りは大きな転換期を迎える。灌漑設備の導入、新たなる移民の受け入れ、酒精強化ワインからテーブルワインへの変化、新しい品種の輸入、そしてドイツ製の新型低温プレス。新型低温プレスは、オーストラリア・ワイン界に新しい命を吹き込み、Orlando(オーランド、今の Jacob's Creekの前身)社の出したドイツ式微発砲白ワイン、Barossa Pearl(バロッサ・パール)は1956年のMelbourne Olympic(メルボルン・オリンピック)に乗じて爆発的に売れた。より辛口指向のワインが求められるようになったということである。第二次世界大戦が始まると、多くのアメリカ人が、戦場に近い関係もあって、オーストラリアを訪れるようになり、より海外からの人口移動は進む。戦後も、イタリア人、ギリシャ人、ユーゴスラビア人、さらにアジア人が多く移住した。このことは、食文化の大きな変化を意味した。それまでイギリス式食生活だったオーストラリアでは、甘口ワインを飲んでいた習慣があり、食中はビールだった。それが、食中酒としてのワインが必要とされるようになるのである。この時代から、自国産の辛口ワインのために、それぞれの地方に合った葡萄品種が見直されるようになる。ヨーロッパから新たなる品種(Pinot Noir,Traminer,Chardonnay,Merlot,Gamay)がもたらされたり、新しいクローンが用いられるようになり、ワインの多様性、個性化が進むことになった。

Hill Grace
Henschke社の Hill of Graceの畑。

 1980年代からオーストラリアのワイン造りはさらなる転換期を迎える。ワイナリー同士の畑の引き抜き、ディスカウント、買収、吸収、合併、統合がそれである。その結果、現在では、5つの巨大な企業がオーストラリア・ワインの主流を占めるようになった。Treasury Wine Estate, Accolade Wines, Perno Ricard Winemakers, Casella Wines, Australian Vintage Ltdの5つ。大型のワイナリーはすべて、これらの大企業に属し、互いの利益のためにワイン造りの方針を組み立てる。こういった転換は、ワイン販売、流通の効率化は計られるとしても、オーストラリアワインの海外販売をほぼ独占してしまった感があるのは否めない。それらの企業に属さない小規模の生産者が海外から見えにくくなったということである。大体、資本主義社会の歴史というのは、需要と供給のバランスによって物事が左右される。誰も、他人よりも手間隙かけて儲からない事などしたくはない。大企業主導となったワイン造りは、手間隙かかったワイン作りの理念から遠ざかるのみである。「大手ワイナリーは商業主義に走りすぎていて、経済効率優先のブレンドをしたワインをつくり、Barossa Valleyのテロワールを活かした’70-’80年代のワイン造りの精神は失われてしまった」と嘆く声もある。実際、Penfolds(ペンフォールズ)社のGrange(グランジ)に見るように、品質重視を重んじ、他の地方のワインとのブレンドをしてしまっては、一つの地方(Region)の個性は見えなくなってしまう。1990年代からは、アメリカの評論家 Robert Parker(ロバート・パーカー)が登場する。大企業によるワイン造りの独占化と連動して、Parker好みのフルボディな味わいのワインがもてはやされるようになる。辛口ワインが完全にシェアを占め、酒精強化ワインの時代は終わりをつげた(Parkerが再発見した Rutherglenの Tokayと Muscat…などを除く)。



South Australia ー伝統と今ー

 オーストラリア最大の生産地にして最も著名な South Australia(南オーストラリア)州。ここではオーストラリア全土の収穫葡萄の半数近くが生まれる。1847年に、宗教的迫害を逃れて来たルター派のドイツ人が多く入植し、最初のワイナリーを Barossa Valley(バロッサ・ヴァレー)に作った。自国の品種、Rieslingが植えられ、この地を開拓したドイツ人たちは、まるで中世においてシトー派修道僧がそうであったかのように、葡萄の園を切り開いた。多くの他の移民たちもやってきて、沢山の葡萄品種が植えられた。そして、この土地において、オーストラリアを世界に知らしめる機会となった一本のワインが生まれた。その名は Grange(グランジ)。もともと、Barossa ValleyのPenfolds(ペンフォールズ)社の Max Schubert(マックス・シュバート)は新たなるワインを生み出したいと願っていた。そして、ヨーロッパを視察し、新樽での長期熟成などの技法を取り入れる。彼が選んだのは「くらくらするような甘さと滑らかさを備えている」アメリカンオークを使用することと、ワインの味わいのバランス感を整えるために、South Australia中の各地の最良の Shiraz品種をブレンドして仕上げるという方法であった。ヨーロッパにはない、オーストラリア独自の選択眼は特筆に値する。しかし、1951年にファーストヴィンテージを生み出した当初は、「乾燥した甘口ワイン(dry sweet wine)」と批判され、結果、生産中止にまで追い込まれた。ところが、1960年にフランスから来た人間が、「フランス最高のワインの一本と比べても比肩ない」と擁護したことから、評価は瞬く間に一転した。続く Adelaide品評会で、ゴールドメダルを受ける栄誉を得るまでになる。このスター性の高いワインの誕生によって、オーストラリアのワインは一つのアイデンティティーをもって、世界に知られる事になったのだ。

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          Ruggabellusのセラー。



Barossa Valleyと Eden Valley ー史上最古のGrenacheとSemillonー


 オーストラリアワインを語るにあたって一昔前は、Penfolds Grange, Henschke Hill of Grace(ヘンチキ・ヒル・オブ・グレイス)を語ればそれで事は足りた。異なる四つの産地の最上級のShirazをブレンドし、アメリカンオークで、味わいの激しさのバランスをとって生まれるGrange。樹齢150年を含む、自根の畑から生まれるシングル・ヴィンヤード・ワイン、Hill of Grace。いずれも、スパイス感の強さとアルコールの強さ。アメリカ人評論家が絶賛するような色濃いワインの時代を謳歌するような、そんなワイン。しかし、コールタールのような強い液体の中に、オーストラリアの大地は見えるのか。そんな問いかけに答えてくれるようなワイナリーが、実は現地には存在していた。ただ国外にはあまり紹介されていないだけで。


Ruggabellus -Abel Gibson-

 都会の喧噪を離れ、夜を越して着いた場所は、まるでそこがこの世のものではないかのような大自然の真っ只中だった。
Eden Valley(イーデン・ヴァレー)は、他の生産地にはない、何か不可思議な魔力に満ちた場所だ。

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まるで幻想郷のような、むき出しの自然。Eden Valley。

 19世紀、オーストラリア入植に際し、イギリス人が Barossa Valley(バロッサ・ヴァレー)との中間地点、Angastan(アンガスタン)村を拠点にこのEden Valleyに入ってきた。そこは、まるで野生動物達の楽園で、200年たった今日でもそんなには状況は変わっていない。あちこち倒れたユーカリの巨木、舗装されないガタガタした獣道を走ると、地球上に我々、人類が住める場所はまだまだちっぽけに過ぎないのだと感じさせられるのだ。まさにこんな風景を一言で言い表したかのような造り手、Ruggabellus(粗野な美しさ)を訪問した。

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ジャングルの中のワイナリー。

 ジャングルの真ん中にただの一軒家で、その横に作られたプレハブ倉庫、外に置かれたバスケットプレス。周りは雑草だらけの泥濘の畑だが、一面に広がる古樹。家の前に一人の赤毛の女の子が、雨の中でキャッキャと楽しそうにしている。そこへ40歳位の精悍なタフガイがやってきた。ニット帽に青いジャージ、ジーンズ。澄んだ青い目が如何にも知的な印象。妻 Emma(エマ)と二人で、年間生産数約12000本のワイナリーを切り盛りする Abel Gibson(アベル・ギブソン)である。彼の父、Rob Gibson(ロブ・ギブソン)は、この地ではちょっと名の知れた男である。Robは最初に、Penfolds(ペンフォールズ)で働き、当社のフラグシップワイン、Grange(グランジ)のための最高の Shirazを探求する部門の仕事を行っていた。つまり、南オーストラリア中の優良な畑を知り尽くしていた男であった。そして彼は、オーストラリアワインの欠点が、灌漑・除草剤・補酸・補タンニンにあり、逆に長所が古樹にあるということを明晰に理解していた。だから Robが1996年に独立して Gibsonワイナリーを起こした時にも、そのノウハウを活かし、一躍、一級ワイナリーの仲間入りを果たした。
 そんな父を持つ彼も、世の大半の著名ワイナリーの息子が経験するように、ワインの世界とは無縁の道を選んだ。26歳まで世界中を放浪して、スキー・スノーボードに明け暮れていた。その後、やはり血は争えないのか、Barossaの著名ワイナリー(Penfolds, Rockford)で収穫を経験し,とうとうワインの道に入って生きると決意する。Charlie Melton,GibsonそしてSpinifexで働き、2009年、自身のワイナリーを持つようになった。まだ 2haと、自分の持っている畑だけでは足りないので、ワインを友人たちから購入している。 Eden Valleyに居を構えていても、ワインの出自は Barossaのものが多い。大体が、ボトルのラベルからして、Barossa Valleyを中心に描いたものである。たとえまだ畑は少なく、買い付け葡萄が多くとも、彼が求めるワインの方向は明確である。ワイナリー名が Ruggabellus つまり、Rugged Beauty「粗野な美しさ」を意味する言葉であることからも、バロッサの土地の個性を示したいという彼の意図が見え隠れしている。

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Abel Gibson。彼はそれまで働いたワイナリーでの経験を次のように述懐する。Penfoldsでは「歴史を尊重すること」を、 Rockfordでは「伝統工芸」、 Chris Ringlandからは「知的な細部までのこだわり」、 Charlie Meltonからは, 「香りとテクスチャー」、父親のRob Gibsonから、 「深淵さ」を、そしてSpinifex のPeter とMagaliから最も重要な「ワイン造りの信念」を学んだ、と。とても真摯な男だ。

「自分たちのワインの中にオーストラリア特有の個性を探している」
 ワインの味わいは、ナチュラル指向というのは彼の挙動を見ていれば理解しやすい。「あるがままに」。バレルサンプルからの試飲は目を見張る。一樽一樽の違いがあるのは当然としても、その違いを重視し、ブレンドの比率を変えることで、その年のワインの味わいを決定する。クンバワのような柑橘類の香り高いのに、あくまで自然体に Rieslingらしさを残したQuomodo(Riesling,Semillon,Muscat)。キウィっぽさやリュバーブ、メロンなどの香りもある。 Timaeus「誇り」は Grenacheを主体でアロマティックなワインで、Pinot Noir的な個性。 Archaeus 「地の魂」はSyrahを主にブレンドしたスパイシーなワイン。しっかりとした芯の強い赤果実の香りと丁字のようなスパイス、カンパリのヒント。そして特に素晴らしいのは 古いMataro(Mourvédre)主体の Efferus「不服従」。グラスから爆発的にほとばしり香りは 黒果実のフルーツバスケットのようで、桑の実やブルーベリーのリキュールの甘い魅惑的な香り。濃い年のBourgogneのような、もしくはChateau Rayasのような、甘いスパイス感、そしてハーブの香りも微かに残る。ボリューム感ありリッチで、甘いテクスチャー。口の中でさらに果実味が弾ける。
 彼のワインはとても整然としている。ブレンドすることを信条としているだけあって、一つ一つのワインのバランスが良い。すべてのワインはフルーティーで、アロマティックだが、味わいはあくまで静かに優しい。自然な酸味がある。どちらかというと砂質のサラサラした味わいに、くっきりとした輪郭のワインだ。何か刺々しく強く突き抜けた味わいではなく、柔らかいタッチ。それはシングルモルト・ウィスキーの個性に疲れ飽きて、再び、ブレンディッドに戻ってきた人のような味わい。名醸造家を父に持ち、世界を放浪し、そこからまた世界の品質を見極めた上で、自分らしいワインを選びとっていった男の作るワインの味わいが、体現されている。



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標高400mの地。

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土壌は、石英の多い、砂、粘土。砂岩のような土壌。サラサラしているが、保水性の強い土壌。全部、自根のみの葡萄。


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ラベルは、Barossa Valleyと Eden Valleyの地図。南が上で北が下。ワインは早めの収穫を心がけるという。ナチュラルイーストのみで、10-100%全房発酵。新樽は使用しない。




Cirillo - Marco Cirillo -

 South Australia州が、オーストラリアでどうして今でも最もメジャーな生産地なのか、ひとつ明白な事がある。それは歴史上、いまだにフィロキセラの被害を受けていないために、世紀を越える葡萄畑が沢山残っているという事実だ。

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   McLaren Valeの d'Arenbergの畑の前にかけられた看板。曰く、フィロキセラをこの畑に入れないために立ち入り禁止。

 砂の多い土壌であったことと、早くから国内で厳しい検疫規制をもうけていたおかげで、フィロキセラからの被害を免れてることができた。つまり、この地方のワインは自根で、100年以上の古樹が今なお多く残された場所なのである。事実、フィロキセラによって壊滅的打撃を受けた Victoria州はワイン産地としての地位を失い、South Australia州が、オーストラリア一の生産地となった。新世界だから、若い樹しかない、新しいクローンしかない、というのではないのだ。平均的な樹齢を見れば、どこの旧世界の生産地よりも古い樹が植わっている。さらに、アメリカ台木に接ぎ木していない畑が多いことも重要であろう。チリやアルゼンチンもそうだが、旧世界よりも新世界の方が自根の畑が多い。古い樹の方が、さらに自根の方が、良い葡萄の実をつけるという基本的な考えに立ち返るのであれば、Barossa Valleyの長所が自ずから見えてくるはずだ。

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Marco Cirillo。その名が示す通り、先祖はイタリア人。9代続く、Calabria(カラーブリア)地方のワイン生産者だった。ワインを開拓するために入植してきたという家系なのだ。

 Nuriootpa(ヌリオッパ)の地にある、小さなワイナリー、Cirillo(チリッロ)を訪れた。当主、Marco Cirillo(マルコ・チリッロ)はとても穏やかな人である。あまり、檜舞台に出ないような人柄。試飲会にもあまり出展したがらないタイプだろうか。しかし、そんなにもシャイなワインメーカーにも、誰かにちょっと自慢をしてみたくなる畑を持っている。
 彼に誘われて、カーヴ裏の畑を回った。
すぐさま、どこまでも続く平坦な、砂地が広がる。この日は、少し曇りがちだったが、常時は強く容赦なく照りつける太陽が大地を焼く。Barossa Valleyは三方を丘に囲まれた平地なので、降水量も低い。なるほど、水分供給しないでワインを作るなんて不可能だと思わせる場所だ。
 砂の平地になった場所に、異様にごつごつした樹々が見えて来た。
 
 1850年。
 なんと西暦1848年に植えられた畑のワインである。Semillonと Grenacheの二つの畑。もちろん、自根の葡萄で、樹齢167年というのは、世界中どこを探しても滅多にない。オーストラリアでも最古の樹々にはいる。株仕立てで、非常に太い樹。小枝が無数に伸びている。カヴァークロップの合間に砂地の土壌が見え、灌漑ホースが通る。「凝縮した実ができるが、収穫量は少ない」というが、そんな少ない収量を守るために灌漑は避けられない。「ここで灌漑しないでワインを作ったら、生産量が1/3になってしまう。この地で灌漑していないのは、Rockford(ロックフォード)か Standish(スタンディッシュ)位だけだね」例え自然派を名乗る生産者も、灌漑は認めている。必要不可欠、であるらしい。ただし、彼の挙げた二つの造り手は、かなりの変わり者であるとは補足できる。それにしても、このような古い樹を所有しているというのはとても素晴らしいことである。もちろん、彼の祖先も初代入植者のイタリア人の一人であり、最初に Barossa の地を開拓した一人であった。父親 Vincentの代までは、Tolbreck(トルブレック)などの有良生産者に葡萄を売って生計をたてていた。しかしながら、2002年に独立して、2003年にファーストリリースした。今では2.4haという小さなワイナリーを彼一人で切り盛りしている。独り立ちして、彼が目指した味わいは、深い樹齢の樹々のメッセージを素直に表現したワインだった。

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樹齢167年。それにしても、Barossa Valleyというのは、中国や日本の都市設計を思わせる場所である。四方を門に囲まれ守られた、人工設計の居住空間。人工的であるから、長期間保護されやすい。そういう場所なのだ。

 最初の白ワイン、1850 Semillon ‘11は、その名の通り、樹齢160年以上の古樹のもの。松脂、花、ドライフルーツの香り、塩味的なミネラルと長い余韻。深いワイン。 Vincent’14は1985年植樹の Grenacheを20%除梗、父親に捧げられたキュヴェ。ブルーベリーのジュースの甘い香り、甘く、柔らかい、スムースな砂地の個性。Mataro’13は果実味ので溢れたワインで、香りは桑の実、カシス、果実のバスケット。柔らかく、優しい酸味が味わいを閉める。Shiraz ’13 はクラシック。胡椒の香りと力強さ、アルコール感、まさに Barossa Shirazの古典的スタイル。強いワインだ。1850 Grenache ’10は、野イチゴ、サクランボの繊細なアロマ、酸味と味わいのバランス。それにしても、古い樹から生まれるワインは余韻が長い、長い。古い樹齢からくる、経験値というか、貫禄の味がワインに宿っている。それが、台木を通していない、同じ葡萄の根から養分が吸収されているということも重要だ。そしてこのような味わいこそが、フランスでは味わえない、オーストラリアのアイデンティティーの一つなのだと確認できた。
 
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約60%全房使用。開放型発酵槽で15-30日の発酵。発酵後、800kgのバスケットプレスで圧搾。6割フランス製、4割アメリカ製の樽で24ヶ月熟成。





Adelaide Hills ー山中の仙人たち。ー

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Adelaide市。

 南オーストラリア州都、Adelaide(アデレード)という名は、1836年にこの街が初めて自由植民地となったその時のイギリス国王妃の名に因んで名付けられた。ここは、SydneyやHobart(ホバート)のような受刑者のための土地ではなく、自由移民のための植民地として建設された。移民達は宗教の迫害を恐れずにすみ、市民としての自由が保証されていた。初期のころから多くの移民をひきつけ、特にドイツ系の移民が宗教的な迫害から逃れてやって来ている。McLaren Vale(マクラーレン・ヴェイル)という海辺のなだらかな丘陵で生まれるワインは、とみに有名であるが、今回の訪問は、Adelaideの東約10kmの Adelaide Hills(アデレード・ヒルズ)に行くことになった。標高400-700m、降雨量は700-900mmのこの山地では、近年、若い生産者が増えている。そこでも、Basket Range(バスケット・レンジ)と呼ばれる森の奥地には、多くの有望のある若者が集うという。そしてそれを率いているのが、Anton van Klopper(アントン・ヴァン・クロッパー)と James Erkine(ジェイムズ・エーキン)という二人のワインメーカーなのだと聞いた。



Jauma -James Erskine-

Adelaide市 から予定より遅れて森に入ること数分、険しい車道を上り下りした。看板も見当たらない、Google Mapにも載っていない場所を求めて進む。

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 なんとか住所だと思われる場所に、アポの時間よりも約5分ばかり遅れて着いたのは良いが、カーヴと言う体裁をなしたものは見当たらない。
 急な斜面の草地の崖に伸びた場所の打ち捨てられた家屋の前で、一匹の仔猫が遊びまわっている。
 樽が並べられているので、そこでワインらしきものを作っているのだとわかっても、ガレージにがらんと並べられた樽は、外からまる見えである。
 大体、ワイナリーの倉庫が外から全部見渡せるような場所では、盗難の心配はないのか、と訝しんでしまう。
 先ほどの仔猫が、にゃあ、と一声鳴いて、餌をねだるので、我々は、間違った場所についたのだと途方にくれた。

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 そうこうすると、一台の四駆車が疾走してきた。
 スラリとした若々しい長身の男性が降りたった。
 彼こそが、このワイナリー、Jauma(ヤウマ)のオーナー、James Erkine(ジェームズ・エーキン) であった。

 思っていたよりも、遥かに若い。Basket Rangeの若者たちを導くリーダーとしての彼は、もっといかめしい男性かと思っていた。
 遅れちゃって、ごめんごめん~、昼ご飯まだなんだ、よかったら君たちもこのチーズ食べる?? のっけから、調子が狂う。
 あくまでもこんな風に自然体な彼は、彼のワイン自体がどのようであるかと物語っていて仕方ない。
元々、California大学 Davis校、Adelaide大学で、土壌学を学んでいたが、ソムリエとして、ドイツ、オーストリアで働く。その後、故郷のオーストラリアに帰国して以降、自国のワインの品質の低さを感じ、このままではオーストラリアのワインはよくない、と痛感したと言う。そして、それならば自分でワインを作ると志し、Anton van klopperらとワイン造りの意見を交換し、オーストラリアワインのあるべき味わいを追求する。そしてとうとう、自分のワイナリーを起こしたのが2008年。McLaren Valeの信頼の厚い、自分の友人からの買い付け葡萄から、ワインを作る。

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葡萄の大半は、Clarendon Ridgeの Fiona Woodの畑から来る。元々、Jamesがソムリエをしていた時に、彼女はシェフをしていた仲で、ワイン造りの上でも良い関係を築いている。彼女の父、Ralphが 1981年に植え、無灌漑で育てる、ShirazとGrenacheは「オーストラリア最高」と、彼も絶賛。

 無濾過、無清澄。自然酵母のみ使用。そして亜硫酸は入れない。が、いれなくてはならない場合がある。それが、彼にとって決して好ましくないアロマが発生した時。いわゆるネズミ臭(Mousy off-flavor)が出た時だ。
 フランスではあまり聞き慣れない香りである。しかし、亜硫酸を入れないでワインを作る時に避けてとおれない問題としてオーストラリアの醸造学会ではとても重視されている。乳酸菌の Lactobacillus hilgardiiによって生成される、 2-Acetyl-1-pyrrolineという物質による非揮発性のものが原因だ。揮発しないので嗅覚では知覚困難だが、口に入れた途端に強烈なアフターフレーヴァーとして残る。「亜硫酸を入れないで作ったワインが、違う産地にも関わらず同じ匂いがする」、「自然派ワインなのに、産地ごとの区別がつかない」といった非常によくあるが困難な疑問の一つの回答と言える。だから彼は、同じワインでも、バレルごとに生じるネズミの香りの探知に余念がない。「一度発生したネズミ臭は消えない」とう彼が、それを発見した時にすることは一つしかない。亜硫酸添加、である。しかしあくまでも亜硫酸を入れたくない彼は(気持ちはすごくわかる)、バレルごとの変化を日夜、テストして最終決断を行うのだ。彼のワインに、亜硫酸ゼロではないワインがあるのは、そのためだ。
 数種類の Grenache, Shiraz, Mataroの試飲から見えてくることは、あくまでも自然な果実とタンニンが彼のワインにはあるということ。いわゆるビオ臭とよばれるネガティブな匂いなしに、自然な果実。ボトルからは、Pet Nut Chenin 2015を試飲。McLaren Valeの樹齢55年、シストに覆われた1.4haの砂地のワイン。 樽発酵、フィルター、清澄なし、亜硫酸微量添加、1日間、スキンコンタクト。果実の輝き、オーストラリアの太陽の果実を思わせるエキゾチックで、フレッシュなワイン。旨い。Audrey Clarendon Shiraz-Grenache 2015は、二人目の娘 Audrey-Gaiaの名前を冠するワイン。鉄石と砂の土壌で、無灌漑。スパイシーで強く、潔いタンニン。 Alfred’s Clarendon 2014 フローラル(莟のように香る感じ)、オレンジ(支配的な柑橘)、薄い果実味。赤なのに黄色い果実?口当たりソフト。タンニン薄く、柔らかい。重心軽く、じわじわと来る感じ。酸味。強くなくシルキータッチ。滋味にあふれ、ながれ、そして長い。薄い。非灌漑。植樹1981年(自根)の株剪定。Z’Wurzig Adelaide Hills Gewürztraminerは、アロマティック。強烈な香り。彼のワインは強い。例え、軽口であっても、口の中に広がるフレーヴァーが強く、印象に残るものだ。

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さきほどから、うろつき回っていた仔猫は、このワイナリーに住む Tika。可愛い仔猫と一緒に試飲できるなんて、嬉しい。そういえば、日本で販売されている Jaumaのボトルにも手描きの Tikaが載ってることがある。なるほど、ネズミ臭・ハンターの彼が、猫好きなのはそういうことか。余談ではあるが、オーストラリアのワイナリーには必ず、飼い犬もしくは飼い猫がいて、その仔達をのせたユニークなガイドブックも売っている。


 信仰はきっと、世間から隔絶された場所から生まれるものだ。自然に則した栽培は、都会ではなく、田舎で育まれる。新しく自由な発想は一目に触れない場所で培われ、そこにおいて保持される。
 だから森は、新しい発想や思想の温床である。一般常識とは違う考え方が守られる場所。ドイツ系移民が、宗教迫害を避けて、この地にやってきて、自分たちのワイン生産地を開拓したのと、Jamesが、森の中で、より急進的なワイン造りをしているのには、共通点があるように見えてならない。
 オーストラリアの新しい潮流は、人里離れた森の中から発信されている。



Ochota Barrels -Taras Ochota-

 印象的なロゴだ。

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 サーファー愛好家らしい「波」をイミージしたロゴだという。
 Taras Ochota(タラス・オコタ)は Adelaide大学で醸造学を学んだ後、2008年に Basket Rangeにて、年間900ケースを生産するばかりの小さなワイナリーを起こした。0.5haの自社畑と買い付け葡萄。妻の Amber(アンバー)も広報を担当する。さらにフライングワインメーカーとしての顔も持ち、スウェーデンの輸入会社のコンサルタントとして、イタリアのプーリアとシチリアで働く。国内外での評価は既にかなりのものであり、Adelaide Hillsのワインの代表者の一人といってもよい。

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 ワイン造りのモットーはLaw Intervention(極力、人為を加えないワイン造り)。James Erskineや Abel Gibsonとの親交も厚く、この地区のピュアな味わいを求め続けている。樽から、Chardonnayを利いた時に、強い感動を覚えた。ミネラルの響き。そして、石灰のニュアンス。ピュアなバランス。これはChampagneからきているという Chardonnayのクローンだ。標高550mのAdelaide Hillsの石英と鉄石の土壌。Chardonnayは、基本的にどこの土壌にも適する品種だと思うが、ここオーストラリアではまだそれといったものには出会っていなかった。しかしながら、還元香と、シトラス系アロマ、酸味の渾然一体としたこのワインの完成度は、この国の Chardonayの底力を感じた。
 Forest Pinot Noir 2014 は、こじんまりとしてフルーティー。ニュージーランド的な優しい甘み。100%全房のワインで、それ由来のガス感が残る。Weird Berries in the woods adelaide hills Gewürztraminer 2014は、白桃のアロマで、アルザス的な強いアロマではない。甘さのバランス。Texture like sun adelaide hills sector red 2014は、Pinot Noir, Grenache, Cabernet Sauvignonブレンド。各品種の強い赤果実が顕われて、イチゴやフランボワーズの強いアロマ。単調だが、甘さと酸のバランスが綺麗。The green room onkaparinga hills grenache Syrah 2014は、カシスの色濃い深い香り。1946年植樹の Mclaren ValleyのGrenache主体。

 この土地の、ピュアなワインの表現力は、ともすれば隠れがちな Jamesのワインとは違い、よりオープンで、輸出も盛ん。今ではオーストラリアのどこでも飲める有名なワイナリーとなっている。


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          ドメーヌは山の中。Eden Valleyとはまたひと味違った場所。

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80%完梗の GrenacheにGewürztraminerの皮を漬け込んで発酵させるというユニークな試みも行っている。蜂蜜とオレンジのアロマをまとった、フルーティーなワイン。Gewurztaminerの皮を使うのはユニークだが、他の生産者でも試飲したので、意外とポピュラーな製法になりつつあるのかも。



Gentle Folk -Gareth Belton-

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 ズゴッっっと、突然、嫌な音がした。
 四輪駆動車が少し右に滑って、我々は冷や汗が溢れ出るのを感じた。
 大体、Basket Rangeの山に迷い込んで以来、急な斜面の悪路ばかり続いた。そしてその日の最後のワイナリーのこの坂道をのぼり始めた途端、その嫌な予感は的中した。四輪駆動の車を選んだにも関わらず、急な坂道の真ん中に避けた溝にモーターは空回り、後ろは絶壁。ワインを試飲しにきたのに、命の危険を感じるなんて…。陽気な犬たちに迎えられて、我々は車を一旦、坂道の真ん中に捨て、ほうほうの態で、ワイナリーにたどり着いた。半開きになったガレージカーヴのすぐ裏手は標高500m級の急斜面に植えられた葡萄畑が広がる。
 オーナーの Gareth Belton(ガレス・ベルトン)はまだ若い。ワイン造りを始めてからまだ三年足らず。Anton van Klopperと James Erkineに師事し、ワインメーキングのノウハウを学んだ。そんな彼のワインが自然な果実味と酸を大事にしたものであることは、ワインを飲まずともわかる。それにしても我々が訪問した時には、友人数名が集って、パーティーを始めている所だった。我々は、その中に参加する形で試飲を開始した。なんというか、すごく自然に、フレンドリーな雰囲気。重々しいスピットーンが必要ではない、アットホームな雰囲気。

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 最初に注がれたものは、GewurztraminerとRieslingのブレンド、Field Blend 2015。6:4の比率。Gewurztaminerの皮でスキンコンタクト(4日間、Gewurztraminerと1日、Riesling)した後、樽で発酵させた白ワイン。この造り手は基本的、亜硫酸無添加。アロマティックで、Gewurtraminerのエキゾチックな香りとRieslingの花の香りが一体化した印象。Blossoms 2015は Pinot Noirと Merlotのブレンドで、さらに少しPinot Grisと Gewurztraminerも加える。非常にフルーティー、それもそのはず、ブレンドしている品種がすべて香りの高いものばかりだ。重心高く、アエリアンなPinot Noirのストラクチャーと、Merlotのアフターフレーヴァーの「春のワイン」。Gnomes 2015は Petit Verdot主体、Merlot ブレンド(75:25)。 PVは70% 全房を使用し、Merlotは完全除梗。少し、亜硫酸添加。緩やかでベジタルな味わい。Pinot and Pinot 2014は、 Pinot Noirと Pinot Grisを半々、一緒に発酵。冷涼な気候を反映して、そこまでリッチにならず、フレッシュで、少しガス感のある爽快なワイン。Little One 2014は、Basket Range産 Petit Verdot 100%という際物ワイン。60%全房、自然酵母、30mgの亜硫酸添加。ベジタルアロマ、スパイス感あり、品格あり、強いタンニンが熟成を約す。少し別格のワイン。いずれのワインも、全体にユルく、軽やか、陽気に仲間内でガヤガヤ飲もうというワイン。

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 新しいワインを生み出す若い造り手たちには、いずれも一つの共通点がある。ほとんどの者が、ワインとはまったく違った世界を歩んでいたが、ある日から、ワイン造りに転向したということである。だから彼らは、伝統に縛られることなく、違ったアプローチからワイン造りを行う。スキューバダイビングに熱中していたという Gareth Beltonは、ワイン造りの常識に囚われていない。GewurztraminerとRieslingをブレンドしたり、Petit Verdotを主体にしたり、冷やして飲んだ方が良い、と推奨したり。インフォーマルなワインを目指しているのがよく分かる。こういった生産者から、新しいワインの味わいは生まれ、そして新しい技術は生まれる。遊び心満点の彼のワインのブレンド比率は、毎年のように変化する。同じワインがずっと作られるわけではない。Adelaide Hillsの崖の上から新しいスタイルのワインは今日もまた生まれる。

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新世界のワインを旧世界のワインと比べ、常に問題に感じるのが、アロマの複雑味の弱さである。例えば、赤果実ならチェリーの、ラズベリーの香りの、といった香りが単独で強調されていて、それ以上ではない。ワインの品質とは、単独の香りが支配的になって生まれるものではない。これらの原因となっているのが、選抜酵母の使用であったり、また単一のクローンの使用なのである。しかし、若い生産者は、マッサル選抜を取り入れることで、これに対抗。これはマッサル選抜用の取木。生産性、品質の高い樹を選んで、その樹を剪定の時に選んで、良質のクローンを残す方法。接ぎ木をしないことの多いオーストラリアでは、苗木会社に持って行くことなく、自分で植樹するので、非常に理に適った方法である。



Coonawarra ~寄り道(Side Ways)...~

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 オーストラリアのワインについての文献をめくると、しばしば Terra Rossa(テラ・ロッサ)という土壌についての表記が目に入る。旧世界にくらべ、気候が重視され、土壌について無視される傾向にある新世界のワインにおいてはいささか珍しい、オーストラリア随一の銘醸地。そんなにも著名な産地なのであれば、ワインの品質はどのようなものであるのか。
Coonawarra(クナワラ)は、この Terra Rossaと呼ばれるこの土壌のおかげで、 この国を代表するワインの銘醸地としての名を上げた。しかしながら、この産地自体の歴史は案外古くはない。時は 1890年、 John Riddoch(ジョン・リドック)という人物がこの地に Shiraz(シラーズ)を植えた。それ以降、細々とワイン造りが続けられたが、この地での本格的なワイン造りが始まるまでは、1950年代まで待たねばならない。灌漑設備の配置や、冷製タンクの登場は、今まで、葡萄生産に相応しいとされなかった場所にも、新たな展望を開くこととなり、新たなる銘醸地を生み出すことになった。こういった一連の流れを受け、Coonawarraは新興生産地としての名声を獲得する。ポートワイン用として植えられていた、Shirazの代わりに、その土地に合った Cabernet Sauvignonに植え替えた。温暖で雨の少ない(年間降雨量 585mm)の地で、灌漑設備を導入することでワイン生産地としての環境を整える。

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 ある著名ワイナリーを訪問した。超巨大な敷地は、まさにお城なのだが、どちらかというと、石油コンビナートを思わせるワイナリー。建物の周りに伸びきった、ステンレスタンクの山。南イタリアやスペイン、ポルトガルでみた、量生産重視ワイナリーの記憶が呼び起こされた。敷地内には畑がある。しかし、嫌な予感しかしない。踏み固められた平坦な土地。除草剤で焼かれて黄色くなった雑草。明らかに機械を使ってロニャージュされ、バキバキと無造作に切られた葡萄の長く伸びきった枝。そして、機械収穫した痕を残した、実だけの無い葡萄の房。人口の少ない地に作られた葡萄産地だけに、労働力が足りず、すぐさま機械化されたと聞いたが、まさにこのような有様が、ワイン銘醸地の実体か。
 ワイナリーに入る。ワイン博物館といっても良い内装に、多くの土壌のサンプルが置かれた地質学美術館。「Terra Rossa」とは如何なる土壌なのかという、説明書きがどこかしこにも書かれている。なるほど、この土壌が素晴らしいのは、よく見て理解できる。そしてワインを試飲する。あまりにも種類が多くて、どのワインを飲むべきが迷うほどなのだが、いずれもアルコリックで、補酸のされた味わい。強く、ギスギスした酸味とタンニンの濃密なもの。はたと、テロワールというのはどこにあるのか、目の前にこんなにも地質の標本があるのに、味わいのイメージは、最初に、このワイナリーに来る時にみた、巨大なステンレスタンクの山の味でしかない。

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 このような状況は残念ながら、Champagneや, Puglia, Riojaなどの産地においても同じような現象が見られるのである。ここでことわっておきたいのは、何もこれらの地方のワインのすべてが酷い悪状況にあると言いたいのではない。優秀な造り手は常に、各地方にいる。しかし、名声に胡座をかき、楽に仕事を続け、大地を疲弊させてしまった生産地に、未来はない。Coonawarraにおける栽培環境は最悪であり、ただ「赤い土(Terra Rossa)」というブランドにおいてしかワインを生み出せないのであれば、決して長く続くことはないであろう。



South Australia まとめ

 オーストラリアを訪れると、まず、厳しい検疫チェックが待っている。広大な大陸とはいえ、陸地において隣接する国がないことから、外部からの害虫・病原菌・ウィルスに対する備えは徹底している。かつては、違う州に移動する際にも、持ち物検査を行っていたというから、厳しい検問を自己管理することへの用心深さが見て取れる。だからこそ、オーストラリア中を襲ったとはいえ、フィロキセラの被害が比較的少なく済んだこの州では、自根の古い樹を多く残している。他の畑からフィロキセラを連れて来て欲しくないがために、今でも畑に土足で入る事を禁止しているほどだ。彼らは自分たちの財産の重みを他のどこよりも実感、理解している。

 近代的な大企業の多い地区の中で、台頭しつつある若いワイナリーを訪れて来た。
今、オーストラリアで話題の、新らしい自然主義者(ナチュラリスト)と目される彼らのワインは、いずれも素晴らしい品質を持ったものばかりであった。旧世界にはない、旧世界では持てない個性をもったワインの存在を知ったことは今回の旅の大きな成果であった。



後編(Victoria編)につづく...
[ 2016/01/02 05:44 ] 産地 | TB(0) | CM(0)

Bourgogne 2015年の畑の観察報告


Bourgogne 2015年の収穫が始まった。

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Beaujolais、Maconでは先週から始まっていたようで、さらにCôte de Beauneでもチラホラ、収穫風景を見かけた。
2003年に次ぐ異例の早さである。年々、収穫の時期は早くなっており、今年のそれは温暖化の影響がはっきりと顕われたヴィンテージとなるようだ。

葡萄の熟度は素晴らしく、衛生面は完璧。成長速度は2011年のそれに、熟度は素晴らしかった2005年に近く、病気なしの2009年を思わせる畑のコンディション。ここまで綺麗な葡萄があると、素晴らしいワインになるのは間違いないと期待していても、「酸が足りない」というBeaune近辺の生産者の不安の声もある。

さて、今回も現地で見た葡萄のコンディションをリポートしてみることにする。

Bourgogne 2015年の畑の観察報告 8月30日、31日


Clos St J

Clos Saint-Jacques。Gevrey-Chambertinの中ではゆっくりと成熟している印象。しかし、期待のもてる葡萄。収穫は来週だろうか?

Clos Boussiere

Morey-Saint-Denisの葡萄。素晴らしいコンディション。この写真のように、今年の葡萄は病気が一切無いが、一部の Morey-Saint-Denisはウドンコ病の被害を受けたようだ。さらに、強烈な日差しで、葉が強制的に枯れ始めていたのが多く見られたのもこの村。

Bonne Mares

Chambolle-Musigny側の Bonnes Mares。良く熟した葡萄だが、乾涸び始めているのも事実。収穫時の選果が必要だ。除葉を沢山しすぎた生産者にとっては不利なヴィンテージ。

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          Romanée-Conti。偉大なヴィンテージ?

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La Tâche上部の今年新しく植えたパーセル。かなり長い間(記憶が間違いでなければ10年近く)、植樹しないで、地力の回復を待っていた場所である。

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最も美しい畑を堪能できたのが、Nuits-Saint-Georges。小振りで、よく濃縮した、果実味たっぷりの素晴らしいPinot Noir。

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          よく熟したCharlemagne。期待の持てる果実味のCorton。

Clos des epenots

そして、今年はようやく。ここ数年、雹に祟られたPomardにあって、待望の Great Vintage。隣のVolnay共々、素晴らしい熟度である。収穫が少しずつ始まっている。それは火曜日の夜から降雨予報があるため。(定休日給与の発生する)日曜日に関わらず、収穫を行うのは、今年こそ、収穫量を確保したいという意思の現れか。

          Meursault P

これだけ葡萄が熟し、乾燥した日が続くと、次に不安なのが、喉を渇かせたイノシシたちの被害。ここMeursault Perrièresでもマットを張って対抗しているが、果たして収穫までに食べ尽くされないかどうか...。

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Puligny-Montrachet Premier Cru Pucellesの収穫。火曜日から雨の予報があるから、それまでの収穫を敢行。これだけ熟した葡萄に、雨が降ると、一気に灰色カビが蔓延するリスクが高まるからだ。

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おなじくPuligny-Montrachet Premier Cru Pucellesの葡萄。今年は非常に綺麗だから蔵で選果する必要がない、そう。

          Chassagne Tete de clos

          Chassagne-Montrachet Tête du Clos。ジューシーで、クリーン。

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こんな Bouzeronはいままで見た事がない! ただでさえ強すぎるAligotéの酸味がほとんどなく、非常に熟している。期待のもてる状態!

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今回もCôte de NuitsからChalonnaiseまでつぶさに畑を見て回ったが。今年のように、ほとんど病気がなかったのは始めて。ここMercureyの葡萄もとても綺麗でチャーミング。


今週からの天気予報。...Côte de Beauneは来週までに収穫を終わらせるような印象である。

8月29日(土) 快晴
8月30日(日) 快晴
8月31日(月) 快晴
9月1日(火) 雨予報 ビオカレンダー的適正日
9月2日(水) 晴予報
9月3日(木) 晴予報
9月4日(金) 晴予報
9月5日(土) 晴予報
9月6日(日) 雨予報
9月7日(月) 雨予報

なにはともあれ、全生産者の健闘を祈りたい。
[ 2015/08/31 10:50 ] ミレジム | TB(0) | CM(0)

Bourgogne 2014年の畑の観察報告

今年も慣例のBourgogneにおける収穫前の訪問を敢行した。

またもや、雹の被害が北と南で見られた今年。
これだけ毎年のように被害が続くと、'90-'00年代は非常に運が良かっただけなんだ、と再確認せざるをえない。
ワイン生産とは、過酷な自然に振り回される農業であると痛感するのである。

今年のBourgogneの天候を見てみよう。
温暖な冬。
3-4月と順調な芽吹き、早い成長。
5月に少し気温は落ちるも、6月に持ち直し快晴が続き、開花はスピーディーに進む。
その後、6月後半に再び雨がちとなる。
しかし6月28日になって、雹がCôte d'Orを襲う。被害は広域にわたるが、深刻な被害は Beaune,Pomard,Volnay,Meursault,Puligny-Montrachetにかけての一級畑が集中するエリア。山地やCôte de Nuitsの被害は微小(Nuits-Saint-Georges,Vosne-Romanée,Clos Vougeotが他に比べると多い)。
7月-8月と日照時間は少ない状況。

さて、今年の葡萄の状態は...


Bourgogne 2014 ( 31.08 - 01.09 )


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Clos des Ruchottes. すでに赤みがかっている...。でも糖分は...。

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Griotte-Chambertin. 今年は病気対策のためか、エフイヤージュを多くする作り手が多い。

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Clos de Tart 非常に良い状態。去年よりもずっと甘い。楽しみだ。

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          Amoureuse 南端から二つ目の畑。 色調濃い葡萄!

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Clos Vougeot Maupertuis側. 例年よりも悪そう。雹の影響だろうか。Côtes de NuitsではClos VougeotとVosne-Romanée近辺が少し酷い状態であったようだ。

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Chambolle Combe d’Orveau。 このラインは既に葉が変色しだしている。なのに、糖分は伸び悩んでいる格好。

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RC。少し心配な状態。この畑で腐敗果を見たのは珍しい(耕作しすぎ?)。

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Nuits-Saint-Georges Damodes。綺麗な酸味、甘さ、衛生状態。かなり期待できる。

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Nuits-Saint-Georges Clos de la Maréchale。 畑の状態に比べ、異常に葡萄の房が少ない。夏の間にグリーンハーヴェストを敢行して、熟さない房を除いたものだと思われる。

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Corton Charlemagne。去年、深刻な雹害があった場所。しかし今年は被害を免れたようで、至って健全。しかし、熟度は全然足りない。

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Beaune。雹によるかなりのダメージ。収穫ができない可能性もある。

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    Pommard。去年に続く雹の被害。ダイレクトに雹にえぐられた葡萄の房が沢山みられる。

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Meursault Tesson。雹害ひどい。傷ついた実から腐敗菌は繁殖しはじめる。だから、有機農法の作り手はかなりの厳しい結果を強いられそうだ。

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Meursault Perrières DessusのCoche-Duryの畑。ほかと打って変わって非常に綺麗。ここだけ雹を免れた?

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Puligny Clavoillon。 雹害。北と南で被害が分かれ、南の方が状態が良いのは例年の如し。あと、村名格よりもBourgogne格の方が被害が少なそうなので、品質が逆転するかもしれない...。

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Montrachet Leflaive。素晴らしい。この畑の周りには光のバリアでも張っているのではないかと、毎年思うのだが、雹の被害は少ない。特級の畑は、土壌の力だけでなく、数百年かけて天候の状態も熟慮して選ばれたものであると、再確認。

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Saint Aubin En Remilly。 雹害なし。この村の畑は毎年、クリーンで綺麗な酸を持っているのは、雹が降りにくい場所柄だからなのだろう。

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Criot-Bâtard-Montrachet。この年で最も偉大な白ワインは、この葡萄かもしれない。

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Chassagne-Montrachet Caillerets。 クリーン。この村はまたしても深刻な雹害を免れた模様。

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Chassagne-Montrachet La Cardeuses。 Nuitsの Pinot Noirよりも良さそうだ。

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          Rully。被害なし。逆に熟度が高すぎて、腐敗がチラホラ。収穫は近そうだ。

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          Mercurey。雹の害はなさそう。房の成長も順調。



去年に続き、雹に祟られた今年のBourgogne。
収穫量は少ないにも関わらず、世界中のBourgogne買いの需要は高まるばかりである。
Bourgogneのワイン商が品薄だ品薄だと言っていたが、価格の高騰は免れないだろう。
だから生産者たちは、収穫量を延ばしたいと望むようになり、収量を増やそうとする。
その状態で受けた雹の害は甚大である。
只でさえ濃縮感のない葡萄に、腐敗を恐れて前倒しされる収穫が始まるとすると、ワインの糖度が十分確保できるはずがない。
Pommard,Volnayなどの畑は3年連続の酷い雹害。葡萄の樹が疲弊しているにも関わらず、またこの被害である。もうここ数年は、良い収穫は望めないかもしれない。

しかし悪いことばかりではない。
少し雹が降ったとはいえ、Marsannay,Fixin,Gevrey-Chambertin,Morey-Saint-Denisなどは至って健全な状態。
Chassagne-MontrachetやSaint-Aubin、Santenayも悪くない。
むしろ今年は、Côte Chalonnaiseのようなマイナーな産地の方が期待が持てる様子である。


今年の収穫が今週からはじまると聞いた。
生産者と収穫人たちの健闘を心から祈りたい。


[ 2014/09/08 19:23 ] ミレジム | TB(0) | CM(0)



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